普段あまりワインを飲まない人と一緒に、ワインを飲む機会が増える年末年始。
ワイン好きとしては、自分の見つけたおいしいワインを友人や家族に紹介したいものです。しかし、照れや謙遜か「ワインの味なんてわからないよ!」といって拒絶されたり、実際に飲んでもらってもイマイチな顔をされた経験はありませんか?
同じ人間ですから、本当に味がわからないなんてことはありません。そんな人たちを楽しいワインの世界に案内するためには、ワインをあまり飲んだことのない人たちの味の感じ方を考えた上で紹介しなければならないのです。
そこで今回は「味」への理解を深めながら、初心者も楽しめるワインの選びのコツをご紹介します。
味はどうやって感じているの?
広義の意味での「味」は五感全てで感じるものですが、主に味覚と嗅覚が形づくっていると言えます。
味覚というからには、味の大きな構成要素のように思えますが、実際の感じ方としては嗅覚が最も重要。味覚はその次というのは有名な話ですね。
味覚
味覚地図
味覚は、口中の味を感じる器官(味蕾)が食べ物に含まれる成分に反応することで、甘味、塩味、酸味、苦味、旨味の五味を脳に伝えます。なお、舌の場所によって感じる味が異なるとした有名な味覚地図(上図)は、誤訳が元に広まってしまった情報で、現在では一つの味蕾が五味全てに反応し、ほぼ均等に舌全体にあるとされています。
※近年の実験結果から脂味を加えた6味が提案されています。渋味は触覚として感じているものです。
また、味覚は舌だけで感じると思われがちですが、実は口蓋や内頬、喉にまでも味蕾は広がっており、しっかりと味を感じることが出来ます。口いっぱいに食べ物をほおばると一層おいしく感じませんか?これがその理由の一つと言えるでしょう。
嗅覚
一方嗅覚は、鼻の粘液に芳香成分が溶けて、匂いを感じる神経と反応することで脳に伝わります。人間は、約400の神経反応の組み合わせで、数千種類以上の匂いを判別することが可能だとか。
「鼻の粘液に芳香成分が溶けて」という所がポイントで、水分不足や乾燥で鼻の粘液が乾いていると、匂いを感じ辛くなってしまいます。
万人受けは難しい
味をどうやって感じているのか理解したら、次に知っておかなければならないのは、味の感じ方には個人差があるということ。
当たり前と思われるかもしれませんが、これは嗜好の話ではなく、脳に届くシグナルが元々違う場合があるということです。
味覚が敏感な人は苦いワインが嫌い?
例えば味覚の場合、味蕾の数は人によって異なります。遺伝的に味蕾の数が豊富な人が全人口の1/4、中間的な人が2/4、少ない人が1/4の割合でいるそうです。
この味蕾の数が豊富な1/4の人たちはスーパーテイスターと呼ばれ、当然五味を強くハッキリと感じるわけですが、特に苦味に敏感だと言われています。他の人にとっては、ワインの程よいアクセントとなる苦味が、1/4の人にとっては不快な苦味かもしれないのです。
新しいオーク樽で熟成した若い白ワインや、イタリアの白ワインは苦味が味わいを構成していることが多く、スーパーテイスターにとっては苦手なワインかも知れませんね。
誰しも感じ取れない香りがある?
嗅覚には、さらに個人差があります。
特定の匂いを感じられないことを嗅盲と言いますが、嗅盲はかなり一般的。誰しもが何らかの香りに対して嗅盲の可能性があるとされています。
実際に嗅盲が多いとされているチョコレートに含まれる成分は36%の人が感じないそうです。またワインに含まれる香り成分でも、ピノ・ノワールによく現れるスミレの香り成分は25%~50%の人が、シラーの特徴と言われている胡椒の香り成分はおよそ25%の人が感じられないという実験結果もあります。
もしワインの特徴的な風味を感じられない場合、そのワインの印象は大きく変わってくるのではないでしょうか。
このような個人差をクリアして、万人がおいしいと感じるワインを選ぶことは至難の業。もし紹介したワインが他の人の口に合わなかったとしても、「ワインの味がわからないやつだ!」なんて切り捨てずに、どこが口に合わなかったのか聞くなど、次につなげる姿勢を心掛けたいものです。
初心者も楽しめるワイン選びのコツ
少し難しい話になってしまいましたが、初心者も楽しめるワインの選び方のコツはシンプル。おいしさは不変ではないという認識をすることです。
「おいしい」の概念は個人差だけでなく、情報によっても左右されるからです。
そもそも、人の嗜好は経験と学習によって変化します。人間は生まれながらに、甘味や旨味など生きるために必要な成分の味はおいしいと感じますが、苦味は毒を連想する危険な味と判断して拒絶します。しかし、最初は苦いだけと感じていたコーヒーやビールを辛抱強く飲み続けたことによって、おいしく感じられるようになった経験はありませんか?
同じように逆の変化も起こりえます。初めて飲んだ時においしいと感じた、果実味いっぱいのゲヴェルツトラミネールが、ワインを飲み慣れるにつれて野暮ったい味と思うようになり、鉱物的な風味のリースリングを好きになったりします。
このようなことが起こるのは、経験と学習によって「おいしい」が変わるからです。毎日ワインを飲んでいる人と、1年に1度しかワインを飲まない人では「おいしい」が全く違うはずなのです。
さらに、世間のトレンドによって知らず知らずのうちに影響を受けていることもあります。
80~90年代のワイン業界は、ワイン評論家ロバート・パーカーJr.氏の評価がマーケットで絶大な力をもったことから評論家も、生産者も、消費者さえも、パーカー氏の嗜好に合った新樽の効いた濃厚で重たいワインを良いワインとして判断していました。
しかし現代では、その反動もあり評論家が高得点をつけるワインが、以前よりもライトなスタイルに移行しています。それに伴って小売店でよく見かける高得点シールがついたワインの味から、消費者の「おいしい」の感覚まで徐々に変化しているのです。
ところが、普段ワインを飲まない人はこういった情報の影響を全く受けず、生まれたばかりの子供のように目の前のワインと向き合います。その結果、ワインに対して成熟している愛好家とは意見が異なります。子供の好きな食品と大人の好きな食品は同じではありませんよね。
ワイン好きが初心者におすすめするワインを選ぶコツは、今の自分がおいしいと感じるワインよりも、相手のことを一番に考えて、自分が初めておいしいと感じた想い出のワインを紹介してあげることなのです。
参考文献
Amoore J.E. et al.,: A graphic history of specific anosmia. Chemical Senses: Genetics of Perception and Communication(1991)
Australia Wine Research Institute: AWRI fact sheet – Pepper flavour in wine(2019)
Jamie Goode: I Taste Red: The Science of Tasting Wine(2016)