世界の商業と金融、文化の中心地であるニューヨーク。そのニューヨークでワインが造られているのをご存知ですか?
ニューヨークの中心マンハッタンは人口密度の高い大都会ですが、ニューヨーク州はアメリカを代表するワインの一大生産地でもあります。
しかし、残念ながら日本ではニューヨーク産のワインをあまり見かけません。そんなニューヨークで造られるワインについて解説したいと思います。
ニューヨーク州ってどんなところ?
ニューヨーク州はアメリカ合衆国の北東部に位置する州で、北西はカナダとの国境に接し、名所のナイアガラの滝があります。また、州南東部にあるロングアイランドは合衆国最大の島で、島の東端から西側に接するペンシルヴァニア州との州境までは東西約800kmに及びます。
気候は夏は温暖で冬は長く低温、特に真冬においては寒さが厳しくなります。大陸性気候ですが、ニューヨーク州の全てのワイン産地は、五大湖、大西洋、フィンガー・レイクス、ハドソン・リバーといった水の近くに位置するため、夏は涼しい風が吹き込み、冬はやや寒さが和らげられます。(ロングアイランドは除きます)
ニューヨーク州のワイン生産量はカリフォルニア州、ワシントン州に次ぐ全米3位で、州内には現在400を超えるワイナリーが存在します。
ワイン造りの歴史
ニューヨーク州のワイン造りの歴史は17世紀中頃にオランダ人によってマンハッタン島にブドウが植えられたことに始まります。
冬の寒さが厳しい大陸性気候のため、アメリカ原産のブドウ品種しか育たないものと長い間信じられてきました(実際にはヨーロッパからもたらされたワイン用のヴィティス・ヴィニフェラ系のブドウが、当時知られていなかったフィロキセラに抵抗する力がなかったためでした)。
そのため、ニューヨーク州はアメリカ原産のコンコード種など、ラブルスカ種のブドウを原料とするジュースや製菓用のブドウの生産量が多いのが特徴です。
1800年代中頃までにはフィンガー・レイクスに最初のブドウ畑が拓かれ、コンコード種やデラウェア種の生産が急速に広がります。
その後、1920年に制定された禁酒法でニューヨーク州をはじめ全米のワイン産業は衰退。再びニューヨーク州で本格的なワイン生産が始まるのは、ウクライナ移民のフランク博士がフィンガー・レイクスでヴィニフェラ系品種の栽培に取り組んだ1950年代に入ってからでした。
そして1976年にはFarm Winery Act(注1)が施行され、それまで大手ワイナリーのためにブドウ栽培だけをしていた大半の小規模ブドウ生産者が、ワインを製造し販売できるようになりました。これによりワイナリー数が増え、ニューヨーク州におけるワイン産業は拡大路線をたどります。
そして近年はアメリカのワインブームもあり国内需要が増えたことで、ワイナリーの設立ラッシュが続いています。小規模生産者によって丁寧に造られるワインは品質も非常に高く、著名なワイン誌では「将来性豊かな産地のひとつ」と称されています。
(注1)1976年にニューヨーク州政府が制定した法律。小規模生産者がワイナリーを設立し、最大5万ガロン(約19万リットル)までのワインを製造し、消費者に直接販売できるよう行政手続きを軽減した。
代表的な産地
ニューヨーク州には10のAVA(注2)がありますが、代表的な二つのAVAを紹介します。
(注2)American Viticultural Areasの略米国政府認定ブドウ栽培地域
フィンガー・レイクス
オンタリオ湖に近い州中央部にあるニューヨーク州最大のAVAで、高品質ワインの生産拠点になっています。
フィンガー・レイクスとはその名の通り、指のように細長い形をした11もの湖の総称です。これらの湖は氷河期に削り取られた土地に水が溜まってできたもので、水深は深く90〜200m。そのため1年を通して水温が安定しており、夏の暑さや冬の厳しい寒さを緩和します。
ブドウ畑は湖を囲う傾斜地に広がっているため、ブドウの生育期にあたる寒い時期でも冷たい空気が畑に滞留することなく循環し、霜の被害から守ってくれるのです。
この地域では長い間アメリカ原産のブドウであるラブルスカ種が栽培されていましたが、1950年代にヴィニフェラ系のワイン用ブドウ品種の栽培に成功。さらに、1976年のFarm Winery Actの施行により、欧州系品種の高品質なワイン造りがスタートしました。
現在栽培されている主なブドウ品種は、リースリング、シャルドネ、カベルネ・フラン、ピノ・ノワール。冷涼な気候を生かしてエレガントかつ繊細なワインが生み出されています。
また、リースリングやシャルドネ、ピノ・ノワールから造られるスパークリングワインや、ヴィダルを使った甘口のアイスワインも高い評価を得ています。
ロング・アイランド
マンハッタンの東から大西洋に大きく伸びる全長約190kmの細長い島で、先端がカニの爪のように北側と南側に二つに分かれており、その北側のサブリージョン、ノース・フォーク・オブ・ロング・アイランドにワイナリーが集中しています。
マンハッタンから車で2時間ほどの距離にあるため、富裕層の避暑地として愛されてきたエリアで、ワイン造りは1970年代から始まりました。この地域は穏やかな海洋性気候で内陸部よりもブドウの栽培条件が恵まれており、現在急速に成長している注目の生産地です。
ただ、ニューヨーク州の他の産地と比べて土地代が大幅に高いため、生産者のほとんどは小規模で、欧州系品のみを使った高品質なワイン生産に取り組んでいます。
主要品種はシャルドネ、メルロ、カベルネ・フラン。ボルドーと同じように大西洋と湾に囲まれ、温暖な気候のもと栽培されているボルドー品種のメルロやカベルネ・フランの評価が高いことから『ニューヨークのボルドー』と呼ばれています。
ニューヨークワインの現状
小規模生産者による高品質なニューヨーク州のワインですが、同じく高品質なワインを生み出しているアメリカのオレゴン州やワシントン州のワインほど日本では見かけません。
その理由は生産されているワインの大半が地元で消費されているからです。食や文化の流行で最先端を走る大都市ニューヨークは、近年「Farm to Table(ファーム・トゥ・テーブル)」、つまり生産者(農場)から消費者(食卓)へ一貫して安全で新鮮な食材を提供するという考え方がトレンドです。
ニューヨーカーは健康や自然環境に対する意識も高いため、いわゆる「地産地消」が活発に行われています。この考えは、ワインもしかりで多くの人々が地元の高品質ワインを求めているのです。
まとめ
冷涼なニューヨークで造られるワインは同じアメリカでもカリフォルニアのようなパワフルなスタイルとは異なり、ヨーロッパのワインのようなバランスの良いエレガントなスタイルが特徴です。
そして、そんな高品質なニューヨークのワインが地元で消費されていることは素晴らしいことで、本来あるべき消費の姿でしょう。
とは言え、ニューヨークのワインがおいしいと聞けば一度は飲んでみたいですよね。見つけた際はぜひ手に取ってみてください。
参考 日本ソムリエ協会 教本 2018