2005年に立ち上げた醸造用ブドウの勉強会グループ「Team Kisvin チームキスヴィン」から生まれたキスヴィン・ワイナリーは、世界品質の日本ワインをつくるという目標を掲げて、「高品質のブドウが出来さえすれば、醸造とはシンプルかつ平易なものである」という考えの下、ブドウを育て、ワインづくりに励んできました。
自社醸造施設が完成するまでは、シャトー酒折にワイン用ブドウを販売、専用のタンクを購入して醸造していましたが、2013年に「キスヴィン・ワイナリー」を設立し、ブドウの栽培からワイン醸造およびボトリングまで全工程を一気通貫で行うことが可能となりました。
「私たちがワインをつくるときは、知らない誰かのためにワインをつくっていません。すべて、あなたのためのワインをつくっています」
そう語るのは、キスヴィン・ワイナリーの代表を務める荻原康弘さんと、醸造を務める斎藤まゆさん。キスヴィン・ワイナリーは数多くのブドウ品種やワインをつくっていますが、その向こうには、必ず誰かの顔を思い浮かべてつくられているそうです。
ブドウの栽培面積は5ヘクタール。その大地に植えられた1本1本のブドウの樹の命を繋いで、高品質なブドウを造り続ける荻原康弘さんと醸造家の斎藤まゆさんに、ワインづくりに対する想いなどについて話を聞きました。
【プロフィール】荻原康弘
父から家業を継ぎ2002年頃から徐々にワイン用ブドウへの植え替えを開始。2005年には池川仁氏(池川総合ブドウ園、『キュベ池川』などのブドウ栽培者)、西岡一洋氏(東京大学大学院特任研究員)らとともに醸造用ブドウの勉強会グループ「Team Kisvin チームキスヴィン」を立ち上げ、キスヴィンの活動をスタート。2013年からワイン醸造を開始。
【プロフィール】斎藤まゆ
早稲田大学在学中に日本でのワイン造りを目指し、同大学を中退。カリフォルニア州立大学でワイン醸造学科卒業後、成績優秀により同校ワイナリーの醸造アシスタントに抜擢。現地学生の指導にあたる。その後はドメーヌ・ジャン・コレ、ドメーヌ・ティエリ・リシュー(いずれも仏ブルゴーニュ)などで研鑽を積み、2013年よりKisvinワイナリー醸造責任者。
切り落とされた枝が全て教えてくれる
― まず最初に荻原さんと斎藤さんの出会いを教えてください。
萩原:もともと、彼女のブログを読んでいてね。いろんな記事で「スカウト」って綺麗に書いているけど、本当はナンパだよね(笑)
カリフォルニア州立大学フレズノ校で学んでいた斎藤に、2008年1月に声をかけ、一緒にナパ・ソノマを廻ったんだけど、おじさんたちばかりなので、「この人たち大丈夫かな?」って思っていたんじゃないかな。
斎藤:「会いたいんですけど…」って突然メールが送られてきたから、思い切って会うことにしたんです。ただ、変な人たちだったらどうしようって不安はありました(笑)。
― 実際にお会いした時の印象ってどうだったんですか?
斎藤:ワインを全く見ない人たちで、グラスの中のワインを嗅いでいる時間が短くて。ただ、ワイナリーからワイナリーへ移動する間、畑をずっと見ていました。
畑に落ちてある枝を見て、「こういう理由で切り落としたのか」とか、地面を見ながら、「こういう理由で肥料を撒いたのか」とか、本当に観察力があって、ブドウのことを知っている人が日本にもいたんだ!と驚きました。
荻原:1本の枝から色んなことが読み取れるからね。もちろん、全て読み解けるわけじゃないけど、毎年カリフォルニアに行って畑の小さいことを見ていると、それまで読み解けなかったものが、読み解けていくようになるからね。
― なぜ、畑で切り落とされた枝を見るようになったんですか?
荻原:ワインを飲んだ時に、まずブドウを思い浮かべるけど、カリフォルニアで飲んだシャルドネが凄すぎてブドウを全く想像できなかった。その時、このシャルドネの答えは、畑に行けば見つけられるのではないかと思ってね。
実際に枝を拾って観察すると大きな発見があって、こういう枝を作っていくには、日本で何をすればいいのか?を教えてくれた。
斎藤:荻原は毎年カリフォルニアへ行き、大きなシンポジウムや農業機械の展示会、栽培と醸造の学会にまで足を運んでいます。
荻原:学会の資料にも全て目を通しているけど、英語が苦手だから3ページを1週間くらいかけて読んでいるけどね(笑)。
― カリフォルニアに行く理由は枝を見るためですか?
荻原:その理由は「自分がどれだけダメか?」を知るため。やはり日本ワインはまだ世界レベルではないし、世界のトップレベルのものを飲んで、自分がどれだけダメかを知らないと。
造り手はワインの良いところを探してもしょうがないし、悪いところを探すためには、まずは自分が勉強しなきゃいけないから。
斎藤:日本ワインが注目されているというのは、実は日本だけじゃないですかね?世界で注目されているわけではなく、海外に行くと、日本でワインを作っているということを知らない人たちが山のようにいます。
荻原:「日本ワインが注目されている」とか、造り手がそれを言っちゃうとダメだよね。自分たちがダメだと思っているところがどこかにないと、スキルも上げられないから。世界で一番になりたければ、自分がダメなことを知らないと。
農業とは命を繋ぐ仕事
― ブドウ作りにおいて、命を繋いでいく仕事とおっしゃっていましたが、具体的にどういったことかを教えていただけますか?
荻原:昔はカベルネ・ソーヴィニヨンを作っていてね、本来、品種を植え替える時は、樹を掘り起こして新しい苗を植えるけど、そういうことはしない。実はこの樹は、下がカベルネ・ソーヴィニヨンで、上はシャルドネを接いでいる。
ブドウの樹も動物と同じように生命があって、毎日のように接していると、生き物としての振る舞いをしてくれる。だったら、カベルネ・ソーヴィニヨンの樹を掘り起こさずにシャルドネにして、「もう少し頑張ってね」って、命を繋いでいきたいから。
農業は生き物を扱うこと。生き物を扱うのであれば、生きている命は命として扱わないと。
あと、ピノ・ノワールは着色がよくても、綺麗に熟していく木と、そうはならない木があるから、キスヴィンクオリティになっているかどうか?を自分の畑の中でも選別して、接いでいる。ブドウの樹は全て同じじゃないから。
良い木を接いで増やしていくことで、畑の全体的なクオリティを上げていくことをしている。海外では当たり前のようにやっているから、やり続けていかないとね。
― カベルネ・ソーヴィニヨンも作られてたんですね。今は何種類くらい作っているんですか?
荻原:今はピノ・ノワール、シラー、ジンファンデル、甲州、シャルドネ、あとはヴィオニエを始めたくらい。他にも試作でマルベックやグルナッシュ、サンジョベーゼやテンプラリーニョもつくっているし、昔は食用で60種類くらい作っていた。
― ちなみにヴィオニエは難しい品種と伺いますが。
荻原:新梢が出てきたときに花芽分化しづらいという性質があるけど、植物ホルモンのことを知っていれば難しくなくて、5月にはヴィオニエの花を見せられると思うよ。
― ヴィオニエもそうですが、全て棚仕立てで作っていると思います。その理由を教えていただけますか?
荻原:棚仕立ての理由を話すと明日の朝になるけどね(笑)
簡単に話すと朝露と光合成の問題かな。朝露は、昼と夜の温度差によって冷たい空気が下に落ちて、空気中に含まれている水分を抱えきれなくなって放出されるんだけど、垣根仕立てで栽培していた頃、6月頃になるとフルーツゾーンに大量の水滴がついてね。植物は葉や茎からも水分を吸収するから、ワインも水っぽい味わいになりやすくなる。
棚仕立てにした理由のもうひとつが、光合成のことを考えると棚仕立ての方が良くて、理由としては、光合成の仕組みや最適温度、時間帯まで解明していくと、直射日光だけではなく、地面から散乱する光を使った方が良い。
地面からの跳ね返りの光を使うと、ブドウは高いところにあった方が散乱する光も当たって、光合成を促進させるからね。
―山梨では温暖化の影響で黒ブドウの着色不良が問題視されているとよく聞きますが?
荻原:黒いブドウは光が当たらないと色が付きづらいから、どうすれば光が当たるのか?風通しが良くなるか?ブドウ栽培は、ひとつひとつロジカルに考えないとダメだと思っている。
あと、テロワールって言葉が嫌いでね。土壌とか標高とか気候とか、そういうことをひとつひとつ説明できないから、テロワールって言葉で片付けていると思う。やっぱり生産者はひとつひとつ、ちゃんと答えられるようにならないといけない。
気候もそうだけど、うちは「前の年よりもいいものをつくる」という考えのもと、ワインをつくっているから、天気のせいにはしたくない。
毎年、毎年、環境は少しずつ変わるし、天気のせいにした時点で進化をやめたことになるから…異常気象なんて当たり前と思っている。
進化するためにチャレンジし続ける
― 世界の天気を毎日見ていると伺いましたが、世界の天気がどう影響するか教えてください。
荻原:世界の天気はいつも見ている。その理由は、天気が西から変わっていくのは、日本付近の上空にある偏西風によって、西から東へ強い風が吹くからなんだけど、イタリアで熱波がくれば、日本にもやってくるから。
前にカリフォルニアで9月に雪が降った年があったんだけど、もしかすると日本にも早めに雪が降るかなと思ったら、11月に降ったことがあってね。
そういうのを見ていることが大事で、気象庁の情報だけではなく、自分でも気象予報士の資格を取れるくらいまで勉強している。その作業ひとつとっても、説明できないのは勉強をしていないということ。
うちは、全ての作業にエビデンスや化学的根拠がないとやらないし、逆に全ての作業が説明できる。剪定ひとつにしても、なぜこの量を切るのか?どうしてここで切るのか?毎年気候も違うから、去年と同じ作業をやっていてはダメ。
昨年の7月1日にこの作業を行ったけど、今年は6月にやることもあれば、7月10日になることもある。毎年進化していかないとね。
― 今年は何か新しいことを考えていますか?
荻原:今年は、枝の配置を変えようと考えている。一文字仕立てで甲州を作ると、ブドウが密接して風通し悪くなるので、少し散らせないかなと。
ただ、散らすと収量が落ちるから、収量も確保した上で変えられないかなと思っている。
傍からみると、「それだけのこと?」って思うけど、ブドウにとってはものすごく大きなことだったりするので、そういう小さいことまで考えてあげないとね。
全ての畑でトライ&エラーを繰り返して、常に新しいことにチャレンジしている。10個トライしても成功は2個くらいだけど、前の年を越えるためには失敗を繰り返して、毎年変わっていかないと。5年後に同じ品質じゃダメでしょ?
さてと、そろそろ醸造所に行こうか…。
後編は醸造所にて、斎藤まゆさんにキスヴィン・ワイナリーの施設内をご紹介いただきながら、醸造家としての想いをお聞きしました。
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