欧米の小説や映画には水やミルクは出てこなくても、ワインやお酒は必ず登場します。今回は、ボルドーの赤ワインがスタイリッシュに、そして印象的に出てきて重要な役割をする小説を紹介します。
ここでは、重厚なボルドーをテーマにしながら、ほのぼの感が満載でプロットの展開が軽快な短編を紹介します。
このワイン小説は紙媒体ではなく、ウェブ上にワイン愛好家のニッポニテス氏が公開しているものです。
こちらから読めます
作者は「ニッポニテス」氏でペンネームですが、筆力といい、プロットの巧みさといい、このレベルになるとプロの技です。しかも、見事に古典映画の「本歌取り」をしていて、素直に「上手いなぁ」と感心します。
物語を読み終わった後の爽快感と達成感は、あの幻の「シュヴァル・ブラン1961年」を一口飲み干した瞬間に匹敵するでしょう。でも、物語に登場するワインは、シュヴァル・ブラン1962年。世紀の大当たり年、1961年ではありません。
良年ながら、1961年に隠れてしまった翌年の1962年を取り上げたところが、非常にプロっぽい設定です。実は、このヴィンテージが伏線になっています。
今回紹介するウェブ小説
二ッポニテス著(作年不明)『12人の怒れるワイン愛好家たち』
古典的名作映画『十二人の怒れる男』
ストーリーは、あるレストランがケース(12本)で買った「シュヴァル・ブラン1962年」がテーマです。
1本目を客が試飲し「これは傷んでいて飲めない」と突き返しました。レストラン側は、客の言うままにワインを取り下げます。問題は、残りの11本をどうするか。販売業者に返品するか、店でこのまま客に提供するか。
これを決めるために、ワイン愛好家、ソムリエ、常連客が12人集まりました。返品するにしろ、店で使うにしろ、12人が全員一致で決めねばなりません。
そうです、この少し強引なプロットは超有名な名作アメリカ映画、『十二人の怒れる男(1957年)』を下敷きにしています。
映画は、父親殺しの罪で起訴された少年の裁判がテーマです。証拠や証言は少年に圧倒的に不利なものばかり。陪審員が全員一致で有罪になると誰しもが思ったのですが、建築家の陪審員第8番(俳優はヘンリー・フォンダ)だけが「少年は無実だ」と言ったのです。陪審員第8番は、証拠や証言の曖昧な点や怪しい箇所を細かく指摘します。それを聞いた陪審員は一人、また一人と「無実側」に考えを変え、最後には全員一致で無罪判決を出すのです。
この過程が圧巻で、また、12人の人物像の書き分けも実に見事。この作品により、「映画は脚本が最も重要」との考えが確立しました。
映画に登場する「少年」が、ウェブ小説では「シュヴァル・ブラン1962年」、「殺人」が「変質したワイン」、「12人の陪審員」が「12人のワイン専門家」、内訳は「支配人」「ロバート・パーカーの愛読者」「カリフォルニア愛好家」「古酒を知らないアマチュア2人」「弁護士」「店の常連でワインに詳しい50歳台のアマチュア」「若いソムリエ」「ベテラン・ソムリエ」「ワインの初心者」「古酒愛好家」「ブルゴーニュ愛好家」の12人になります。
当初誰もが「シュヴァル・ブランは返品」で全員一致すると簡単に考えましたが、「返品」に賛成したのは11人。古酒愛好家だけが(これが、映画の「陪審員第8番」ですね)、「確かに軽いワインだけれど、返品すべきではない」と反対します。ここから、一人ずつ、丹念に説得されるのですが、その過程が実に上手く書けています。
ワインの古酒の価値は?
ワインの古酒で最も多いのがボルドーの赤ワインでしょう。古酒好きの私は、毎月1ダース近くの古酒を試飲する機会があります。古酒の風味だけでいうと、中には残念ながら、本領を発揮できなかったものもありますが、私にはそんな古酒も非常に愛おしくてなりません。
ワインの古酒は、単に品質の評価点を機械的に合計するのではなく、歴史的な背景や、経過した年月も味のうちと思っています。
例えば昨年、グリュオー・ラローズ1944年を開けた時、香りや味わいはピークを過ぎていました。でも、ナチス・ドイツの占領下のボルドーで、人も物もない状況で苦労して造ったワインであることを思うと、同じテーブルにいた6人が、静かに感動しました。これが「古酒を飲む」ということです。
このウェブ小説を読むと、私のように古酒に寛容になり、いろいろな評価ポイントを見つけられるでしょう。「古酒観」が劇的に変わると思います。古酒を12倍おいしく飲みたければ、このウェブ小説を読むに限ります。
この作品を小説として見ると、文字数は400字詰め原稿用紙で60枚近くある大作です。ワインなら、ぺトリュスを1本、飲んだ贅沢な気分になりますね。小説としての完成度が非常に高く、プロットの展開も軽快です。伏線の張り方と回収が完璧で「上手いなぁ」と唸ります。
ワインをちびちび飲みながらこの小説を読み、11人の「陪審員」が一人ずつ、古酒の魅力にハマり、説得される過程を堪能していただければと思います。最後の鮮やかな「オチ」も見事に決まっています。
この小説を読むと、シュヴァル・ブランってしみじみ、いいワインだと思いますね。
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