ブルゴーニュのピノ・ノワールほどテロワールが表現されたワインはありません。
実際、造り手たちはまるで芸術家のように土地の個性を表現しようと躍起になり、飲み手もワインを口に含むとき推理小説を読むようにグラスの中にテロワールを探そうとしています。
今回はそんなブルゴーニュのテロワールを紐解くヒントをお教えします。
目次
天国か地獄か
ブルゴーニュはディジョンを中心に縦長に広がる全長300㎞の産地です。冷涼から温和な大陸性気候で、空気が乾いているため日較差や大陸度が大きくなります。
「神に約束された土地」と称賛を受けながらも、実際は春霜、雹害、夏と秋の雨が脅威となり、当たり年は3年に1回ほどしかありません。
造り手も飲み手もまさに忍耐が試される土地なのです。
The Heart Break Grape Variety(失意の品種)
「ブルゴーニュを代表する黒ブドウ品種は?」というと多くの愛好家は「ピノ・ノワール」と即答するでしょう。しかし、なぜピノ・ノワールが主体なのか議論に及ばないのが不思議なところです。
「もともと植わっていたから」と答えたならば、ブルゴーニュワイン愛好家検定では1点しかもらえないのでお気を付けください。
妥当な解答は、冷涼から温和な大陸性気候のブルゴーニュは夏が短いため早熟な品種が「良し」とされるからです。そしてピノ・ノワールが早熟品種の代表格なのは言うまでもありません。
ピノ・ノワールは気難しく扱いづらい品種としても知られています。20世紀カリフォルニアで活躍したロシア人醸造家アンドレ・チェリチェフは「神がカベルネをつくり、悪魔がピノをつくった」と嘆いたほどです。やがて造り手の間では「The Heart Grape Variety(失意の品種)」とも呼ばれるようになりました。
理由の一つは栽培適地のキャパシティが極端に狭いこと。寒すぎると茎の香り、温暖すぎると繊細さが台無しになるからです。
二つ目は小ぶりの房に小さな果粒、加えて果皮が薄く収量が上がりづらいため経済性が悪いという問題もあります(安価なピノ・ノワールがないのもそのためです)。
優れたテロワールの条件
簡単ではないテロワールに繊細な品種。だからこそ、ブルゴーニュではテロワールの優劣が古くから語り継がれ、人々は粉骨砕身になりサイトセレクションを行ってきたのではないでしょうか。
興味深いのは、中世のころから修道士たちの優れた観察力によって良質な畑がすでに選抜されていたことです。
そんなブルゴーニュの「Côte(丘陵)」と名のつく生産地区は中央高地の東側斜面に広がります。この高地は偏西風を遮るだけでなく、斜面をもたらし絶好のブドウ生育条件となります。
斜面は平地よりも日照量が多く、熱量蓄えやすいばかりか、水はけが良いためにカビ害に頭を抱えるブルゴーニュにおいては大きな利点となります。
単に斜面であれば良いというわけでなく、最良の畑として認められるためにはさらに三つの条件が加わります。
一つは斜面の標高について。ベストは中腹で、興味深いことにほとんどのグラン・クリュやプルミエ・クリュが標高250~300mの間に広がっていることです。なぜ中腹が良いのでしょう。下部は冷気が溜まりやすく霜の被害に遭いやすいこと、逆に上部になると気温がわずかに下がるためにブドウの生育が遅くなるためです。
二つ目は方角です。南もしくは南東を向いていること。西ではなく東が良いとされるのは朝陽を集めやすいからです。
三つ目は斜度です。急勾配であればあるほど光が集まり熱量アップと水はけの良さが増します。中世のころにブルゴーニュを開拓した修道士たちはこの条件を知っていたのかどうかは定かではありませんが、今日になってグラン・クリュを調べるとそのほとんどが上記の条件を満たしているのが驚きです。
下記では「Côte(丘陵)」と名のつく三つの地区について見てみましょう。
コート・ド・ニュイ
コート・ド・ニュイは斜面のほとんどが東もしくは南東向きで、その斜面も他地区と比べると急勾配気味で好条件です。
生産の90%がピノ・ノワール、特にブルゴーニュ全体で33あるグラン・クリュのうち24が位置し、その全てがピノ・ノワールから造られています。まさに「キングダム・オブ・ピノ」とでも呼ぶにふさわしい地区なのです。
「シャンベルタン」「ミュジニー」「ロマネ・コンティ」など、世界が羨望するグラン・クリュが数珠玉のように連なっており、艶やかで長期熟成能力に長けたピノを織りなしています。
コート・ド・ボーヌ
コート・ド・ニュイと比べると斜面が穏やかになります。コート・ド・ニュイがピノ・ノワールの中心なら、コート・ド・ボーヌにはピノ・ノワールとシャルドネといった二大巨頭が君臨します。
グラン・クリュ「モンラッシェ」の影響か、ややシャルドネのイメージが強いかもしれません。しかし実際は生産量の約60%はピノ・ノワールで、コート・ド・ニュイと拮抗する良質な赤ワインが産出されているのです。
近年、コート・ド・ニュイのピノ・ノワールが高騰する中、コート・ド・ボーヌのものは据え置き気味です。そのため愛好家が注目している産地でもあります。
赤のグラン・クリュは「コルトン」だけですが、他にも「ヴォルネイ」や「ポマール」といった素晴らしい村々が存在感を示しています。
コート・シャロネーズ
コート・ド・ニュイやコート・ド・ボーヌと同じく中央高地の麓に位置しますが、その丘陵には纏まりがなく平地が混じります。
東もしくは南東向きの斜面もかなり減ります。そのためかグラン・クリュは一つも存在しません。
最大の面積を誇る「メルキュレ」村はお得なピノ・ノワールを産出することで有名です。キイチゴを思わせるピノはピュアで透明感があります。若いうちから楽しめる赤ワインを探しているという方にはおすすめの産地です。
テロワールを紐解く三つの変数
ブルゴーニュのテロワールを紐解くためには「斜面の標高×方角×斜度」といった、三つの掛け合わせが重要となるでしょう。もちろんここに土壌といった要素が入ってくるため、一朝一夕に全てをマスターできるわけではありません。
しかし上記の三つの変数を知っているだけでも、新たな目線で地図を眺めることができそうです。
ブルゴーニュワイン一覧はこちら