今も昔も日本のワイン造りを支えてきた山梨県。
県内の最も有名なワイン産地である勝沼町は、都心から電車で1時間半ほどの距離にあるため、収穫祭やワイナリー訪問などで一度は訪れたことがある方も多いのではないでしょうか?
山梨県は日本におけるワイン造りの発祥の地であり、ワイン生産量もワイナリー数も日本一です。
今回はそんな日本を代表するワイン産地、山梨県について改めて解説したいと思います。
山梨でのワイン造りの概要
山梨県は長年、日本随一のワイナリー数、日本最大のワイン生産量を誇ってきました。
国税局の統計によると2019年3月現在のワイナリー軒数は85軒で、後に続く長野県(38軒)北海道(37軒)に比べても遥かに多い数です。また、日本ワインの年間生産量は5189klで、日本の全生産量のおよそ30%を占めています(注1)。
本州のほぼ中央に位置する山梨県は、南に富士山、西に南アルプス(赤石山脈)、北に八ヶ岳、東に奥秩父山地など標高2000〜3000mを超す山々に囲まれた内陸県で、中心部に甲府盆地があります。
ワイン用ブドウ畑とワイナリーはこの甲府盆地周辺に集中しています。盆地東部の勝沼町や甲州市塩山、笛吹市は古くからの産地ですが、近年は盆地の北西部や八ヶ岳山麓にも新たなブドウ畑が増えてきました。
山梨県は周囲の山々が雨雲を遮り梅雨や台風の影響を受けにくいため年間の降水量が比較的少なく、日照時間が長いのが特徴です。
ブドウ栽培が盛んな甲府盆地は、昼夜および夏と冬の気温差が大きい盆地気候で、県内全域で風が弱いことも挙げられます。土壌は基本的には砂礫混じりの粘土層で、稲作にはあまり適しませんが、ブドウなど果樹栽培には大変適した土地です。
山梨のワイン造りの歴史
日本のワイン造りの発祥の地である山梨県では、1874年にワイン造りが始まったとされています。
明治新政府の高官がフランスなどのヨーロッパ諸国を視察しワイン産業の発展を目の当たりした結果、殖産興業政策の一環としてワイン造りが奨励されたのがきっかけです。最初に造られたワインは赤ワインが山ブドウから、白ワインはその時すでに栽培が盛んであった勝沼産の甲州からでした。
その後、勝沼で初の民間会社である大日本山梨葡萄酒株式会社が設立。
1877年に設立メンバーの子弟である高野正誠と土屋龍憲がワインの醸造技術を学ぶためフランスに派遣されました。帰国後は欧州系のブドウ品種の栽培に着手しますが難しく、コンコードなどアメリカ系のブドウ品種の導入を試みました。
1890年代から1900年代初めにかけては笹子トンネルの開通による輸送時間の短縮も追い風となり、ワインの売上も増え、勝沼周辺にワインが浸透しました。
戦時中、強制統合により山梨県のワイナリー数は激減しますが、戦後は甘味果実酒全盛時代を迎え、ワイン造りは勢いを増します。
そして1973年以降は国内ワイン市場の拡大に伴い、山梨県内の大手ワインメーカーがカベルネ・ソーヴィニヨンやメルロなどの穂木を輸入して本格的な栽培に乗り出しました。なお、この時代は海外から輸入した濃縮果汁によるワイン造りも並行して行われていました。
2000年以降は日本ワインブームの追い風もあり、醸造所は甲府盆地の中央部、東部にありながら自社管理農園を八ヶ岳山麓などに拓くワイナリーや、小規模なドメーヌ型のワイナリーが増えており、自社畑の欧州系ブドウから造られるワインが評価されるようになってきました。
近年は、日本ワインを海外にアピールしていこうとする動きも活発化しています。2010年には甲州が、2013年にはマスカット・ベーリーAがO.V.I「国際ぶどう・ぶどう酒機構」のリストに登録され、この2品種を使ったワインをヨーロッパに輸出する際、ラベルに品種名を記載することが可能になりました。
また、2013年には「山梨」が国税庁から原産地名を保護する「地理的表示」に指定。これにより、一定の生産基準を満たし、官能検査を経たワイン以外は山梨の名前を名乗れなくなりました。
山梨の主なブドウ品種
山梨県を代表するブドウ品種はなんといっても甲州とマスカット・ベーリーA。いずれも日本の伝統品種で、日本一の生産量を誇り、この2品種で山梨県のブドウ生産量の8割近くを占めています。
なお、白ワイン用品種が全体の約6割、赤ワイン用品種が約4割となっており、圧倒的に白ワイン用品種の生産が多くなっています(注2)。
甲州
日本在来の生食用兼用のブドウ品種。果皮の色はややピンク色がかった藤紫色で、ピノ・グリやゲヴュルツトラミネールのように「グリ」(フランス語で灰色の意味)と言われるブドウの仲間です。
日本で最も醸造量が多いブドウ品種で、山梨県で日本初の本格的ワインが生産されたのも甲州からでした。
甲州の来歴はこれまで確かな記録は残っていませんでしたが、最近のDNA解析の結果、欧・中東系品種であるヴィティス・ヴィニフェラのDNAに中国の野生種のDNAが少し含まれていることがわかりました。
つまり、甲州はコーカサス地方で生まれたヴィニフェラ系ブドウが中国を渡り、おそらく何百年何千年もかけて野生種と交雑しながら日本に伝わってきたということです。
甲州の栽培は1600年頃まで甲州地方に限定され、160本ほどの栽植に過ぎませんでした。その後、1620年頃に棚作りによる栽培方法が考案され、栽培が一気に拡大。江戸時代の1841年には上岩崎村だけで15.8haの甲州が栽培されていたことがわかっています。
甲州は晩生の品種で、ヴィニフェラ系のブドウにしては大粒です。果皮が比較的厚いこと、房に実が密集していないことから湿気などによる病害に強いという特徴があります。
このような特性は、甲州が日本の環境下で生き残ってきた理由の一つかもしれません。
山梨県の甲州ブドウの年間生産量は3293t(注3)。昭和初期の頃までは各地に広まりつつあった甲州ですが、現在の栽培地は山梨県に集中しており、日本の甲州ワインのおよそ96%が山梨県産の甲州から造られています。
甲州のワイン一覧はこちら
マスカット・ベーリーA
1927年に新潟県で川上善兵衛が開発した生食用兼用のブドウ品種。ヴィニフェラ系のマスカット・ハンブルグとアメリカ品種のベーリー種を交配した大房・大粒の黒ブドウです。
山梨県の生産量は1842tで甲州に次いで多く、県別では1位の生産量で全国の約6割を占めます。
マスカット・ベーリーAは甲州と異なり、全国各地で多く栽培されています。(注4)
赤ワイン、ロゼワイン、スパークリングワインなど様々な種類のワインが造られていますが、概ね穏やかな風味のカジュアルなワインに仕上がります。
しかしここ数年は栽培地の選定、完熟を待った遅い時期の収穫、樽熟成の導入など改良が進められ、上質なワイン造りへシフトしつつあります。
マスカット・ベーリーAの一覧
山梨のワイン産地
山梨県のブドウ畑とワイナリーは、甲府盆地中心の甲府市、甲府盆地東部の甲州市、山梨市、笛吹市、甲府盆地北西部の北杜市、韮崎市に点在しています。
甲州市
甲府盆地東部に位置する甲州市のブドウ畑は、盆地の中心部に向かって下る緩やかな傾斜地にあり、水捌けが良好でブドウの栽培には最適です。
甲州市には、勝沼や塩山といった山梨県を代表するワイン産地があります。
勝沼町は標高300〜600m、平坦地もありますが、南から南西斜面で日照時間も長く、鳥居平、菱山、城の平など良質なブドウができる地区が有名です。
日本のブドウ栽培とワイン発祥の地だけあり、日本最古のワイナリー「まるき葡萄酒」など地元の中小ワイナリーから大手まで、山梨県のワイナリーの半数近くが勝沼に存在します。生食用、ワイン用を問わず甲州ブドウが集中して栽培されています。
一方、塩山地区の奥野田は日本で最初にデラウェアが栽培された土地で、塩山一帯は現在も甲州に加えてデラウェアの栽培が盛んです。
また、ブドウ畑が一面に広がる勝沼地区とは異なり、ブドウの他にモモやスモモ、カキなど他の果樹も多く栽培されています。
歴史あるワイナリーが多い中、近年醸造を開始した「キスヴィン・ワイナリー」のような小規模ワイナリーも高品質なワインを生み出しています。
笛吹市
勝沼に隣接する笛吹市は、笛吹川の扇状地の裾野で、砂礫の混じる水捌けの良い土地です。主に甲州やマスカット・ベーリーAが多く栽培されていますが、ブドウだけでなく桃の産地としても有名です。
創業130年余の歴史をもつ「ルミエール」などを筆頭に、勝沼に次いで多くのワイナリーがあります。
山梨市
甲府盆地の東部に位置する山梨市には10以上のワイナリーがあります。ブドウ畑とワイナリーは主に笛吹川の右岸斜面にあり、下流に向かうにつれて斜面の向きは南東から南に変わります。
ブドウは甲州の他、マスカット・ベーリーA、ブラック・クイーン、デラウェア、シャルドネなどが栽培されています。
2017年には山梨市牧丘にある大手メーカー「サントネージュ」の自社畑産シャルドネを使ったワインが、フランスのワインコンクールで高い評価を得ました。
甲府市
甲府市は山梨県のブドウ産地としては例外的に盆地の底部に位置します。地下水の水位も高く、土壌は粘土の一種で水分を多く含むため、比較的水捌けのよい場所を選んでブドウ栽培が行われています。ブドウの生育期間の気温が高く、甲州の収穫も他の地区に比べて早めです。
ヨーロッパ品種であるカベルネ・ソーヴィニヨンの栽培にいち早く着手したワイナリー「サドヤ」の他、3軒のワイナリーがあります。
北杜市
2000年頃から新たな畑が次々と拓かれている注目の産地です。山梨県の最北端にある北杜市には、茅ヶ岳の裾野から塩川まで続く南斜面と八ヶ岳山麓にブドウ畑があります。標高が高く傾斜地は水捌けが良く、日照時間も長いためブドウ栽培に適しています。
甲州の垣根栽培が初めて本格的に取り組まれ、またその甲州ワインが世界的に評価されたのもこの北杜市のエリア造られものでした。現在は主にメルロやシャルドネ、カベルネ・ソーヴィニヨンなどヨーロッパ系ブドウ品種の栽培に取り組んでいます。
このようにワイン造りに適した土地であることから、北杜市は2008年に日本初のワイン特区「北杜市地域活性化特区」に認定されました。
韮崎市
北杜市の南側に隣接する韮崎市のブドウ畑は塩川、釜無川の下流、すなわち富士川に合流する周辺に点在しています。甲府盆地の他の地区に比べて標高が上がるにつれて気温も降水量も下がり、日照量も恵まれた土地です。
韮崎市穂坂町はマスカット・ベーリーAやカベルネ・ソーヴィニヨンの栽培が盛んです。なお、笛吹市にある本坊酒造は穂坂にもワイナリーを所有しています。
「山梨ワイン」ブランド
2000年を過ぎた頃から、山梨県のワイナリーはヨーロッパの市場で勝負できるようなワイン造りを目指し、輸出を試みるようになりました。
そのため、ワインの国際的な表示制度や技術基準に合わせるべく、日本もワイン制度を整備し、2013年に日本で初めて「山梨」が地理的表示として指定されました。
ワインにおける地理的表示は、その産地のワインが生産された土地に起因するような品質特性を備えて一定期間製造されており、その特性を維持するための管理が行われている場合のみ受けることができます。
簡単に言い換えれば、正しい産地であること、一定の基準を満たして生産されたことを示す、いわば国のお墨付きです。
山梨ワインの条件
・原料は山梨産ブドウ100%であること
・ブドウ品種は甲州、マスカット・ベーリーA、カベルネ・ソーヴィニヨン、シャルドネなど指定品種のみを使用していること
・一定の糖度以上のブドウのみを使用していること
・山梨県内で醸造・貯蔵・容器詰めし他ものであること
・アルコール度数は辛口が8.5%以上、甘口が4.5%以上であること
・補糖・補酸には一定の制限があること
地理的表示は国際的に通用するため、これまで海外ではどれだけ質が高くても「テーブルワイン」と認識されていた山梨産のワインは、原産地の保証された「山梨ワイン」というブランドとして認識されるようになったのです。
その結果、最近は日本の伝統品種である甲州から造られる山梨ワインが世界から注目されるようになり、コンクールなどでも高い評価を得ています。
まとめ
日本のワイン造りの歴史の中で、山梨県はブドウ栽培と醸造技術の研究、生産者の育成、日本ワインの普及活動と市場の拡大など、常にワイン産業を牽引してきました。
今後、山梨県のワインはその品質をさらに向上させ、海外で日本ワインの価値を高めていく役割を果たすことでしょう。山梨県産のワインが世界中で飲まれるようになるのも、そう遠くないかもしれませんね。
※1〜4 国税局課税部酒税課 国内製造ワインの概況 平成30年度調査分より
参考文献 ・日本ソムリエ協会 教本 2020・イカロス出版 WINES OF JAPAN 日本のワイン
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