今回、ご紹介する「ワインが飲みたくなる映画」は、『ボトル・ドリーム カリフォルニアワインの奇跡(2008年)』です。
これは、6,000年とも言われる世界のワイン史上、最もインパクトが大きい事件を正面から、そして、軽妙に取り上げた映画です。ワイン愛好家は、この映画を見ずに死ねません。私は、20回以上見ました。
ドラマとしての脚色がありますが、かなり正確に史実に即しており、非常に良く出来た映画です。是非、この映画の主役であるシャトー・モンテレーナのシャルドネを飲みながら、鑑賞していただきたいと思います。
シャトー・モンテレーナのラベル。映画にもこの風景が何度も登場します。
目次
パリスの審判とは?
「パリスの審判」でシャルドネを試飲する3人。
中央が「パリスの審判の仕掛人」のスティーヴン・スパリュア(本映画の主人公の一人)、
左がスパリュアのパートナーでアカデミー・デュ・ヴァン パリ校初代講師のパトリシア・ギャラガー(本映画には登場せず)、
右側でグラス手に首をかしげているのがワイン専門誌の編集者、オデット・カーン(映画の最後に登場)。
今からほんの四十数年前まで、全人類は「夜は暗く、空は青く、高級ワインはフランスでしかできない」と信じていました。
1976年5月24日のパリのインターコンチネンタルホテル(現在のウエスティン・パリ・ヴァンドーム・ホテル)での試飲会で、無名のカリフォルニアのワインがフランスの一流どころを撃破し、フランス以外でも高品質ワインができると世界中に知らせました。
予想外の快挙を記念するため、白ワインで1位になったシャトー・モンテレーナ1973年と、赤ワインのスタグスリープ・ワインセラーズ1973年のボトルは、スミソニアン博物館に陳列しています。
この試飲会が、通称、パリスの審判です。『ボトル・ドリーム』は、白ワインで金メダルとなったシャトー・モンテレーナにスポットライトを当て、試飲会の詳細を描いた初めての映画です。
試飲会に出場した赤白ワインのラインナップや、審査員の得点などの詳細は、本コラムの『ワイン史を変えた!「パリスの審判」とは?』をご覧ください。
「パリスの審判」の登場人物
映画ではなく、実際の試飲会の登場する重要人物は以下の通りです。
スティーヴン・スパリュア(1941年-)
1941年、イギリス生まれ。実家は裕福な貴族階級で、別荘には巨大な地下セラーがあります。
子供の頃からワインに興味を持ち、セラーでワインに触れていました。1970年にパリへ渡り、翌年、セーヌ河右岸の小さなワインショップ、「カーヴ・ド・ラ・マドレーヌ」を買い取ります。
当時(今も)、アメリカ大使館、米国系銀行、IBM等の大企業に勤務する「パリのアメリカ人」には、文明国だが文化国ではないとフランスはアメリカを見下しているとの微妙な劣等感がありました。
そんな中、スパリュアは来店した客に英語でワインを細かく説明し、試飲もでき、格付けシャトーを知らなくても馬鹿にしないと評判になり、「カーヴ・ド・ラ・マドレーヌ」はアメリカ人の間で大繁盛しました。
1972年にワイン店の隣の鍵屋が倒産し、そこを買い取って、ワイン学校を始めました。これが世界初のワイン・スクール、「アカデミー・デュ・ヴァン」です。
2016年に来日したスパリュア氏。『パリスの審判』の原著と共に
パトリシア・ギャラガー
スパリュアが、ワインショップも学校も1人で切り回していましたが、ある日、パリ在住のアメリカ人、パトリシア・ギャラガーが「仕事をください」とスパリュアに電話をかけ、即面接を受けて即採用になります。ワインの素人だったギャラガーでしたが、猛勉強をしてアカデミー・デュ・ヴァンの初の講師となりました。
アメリカ人がいるパリ唯一のワインショップとして、同店はカリフォルニアの生産者の間で有名になり、パリに寄った生産者が「是非、飲んでくれ」と自分のワインを持って来るようになります。これが1975年の話です。
スパリュアとギャラガーの2人でワインショップとワイン学校を運営し、いつも面白いイベントを企画しては開催していました。
カリフォルニアの生産者が置いていったワインが美味い。1976年はアメリカ建国200周年で、それを記念してカリフォルニアのワインとフランスの一流ワインを対決させる試飲会を開いてはどうかとギャラガーがスパリュアに提案しました。
ギャラガーが計画したのは、アメリカ対フランスのワイン対決ではなく、カリフォルニアの生産者を励ますための友好的な交流試合でした。
野球で言えば、コロナウィルス感染下、高校球児を励ますために、阪神タイガースの1軍と、同じ大阪の高校野球の強豪校、桐蔭高校野球部が甲子園で対戦するようなものです。
高校球児が阪神のエース、西勇輝から1本でもヒットを打ったり、虎の4番打者、大山悠輔から一つでも空振りを取れれば、高校生は感動するだろうと軽い気持ちの試飲会でした。
スパリュアは、ギャラガーが薦めるワイナリーを回り、試飲会で出すワインを決めるために、カリフォルニアへ行きました。
ジョージ・テイバー(1942年-)
1923年創刊のアメリカの名門週刊誌、『タイム誌』のパリ支局の記者。
カリフォルニア出身でワインに興味があり、アカデミー・デュ・ヴァンでギャラガーの授業を受けたことがあります。その縁で、ギャラガーから試飲会の取材に来てほしいと要請を受けましたが、フランスワインが圧勝すると考えていたため、他に事件が起きれば、そちらを取材する予定でした。
幸い、事件はなく、午後の暇つぶしのつもりで試飲会に出席します。ギャラガーは、フランスの新聞社や雑誌社にも取材要請をしましたが、どこも記者を派遣しませんでした。
テイバーが試飲会で取材していなければ、マスコミはゼロ。フランスワインが敗れたニュースは握り潰され、なかったことになったでしょう。
テイバーは、1976年6月7日のタイム誌に『パリスの審判(Judgement of Paris)』と題して、1ページの記事を載せました。また、ニューヨーク・タイムズ紙では、6月9日と翌週の16日のコラムで、それぞれ、パリ試飲会のシャルドネ対決とカベルネ・ソーヴィニヨン対決を取り上げました。
こうして、「カリフォルニアワイン、予想外の大勝利」のニュースは世界に流れました。
ジム・バレット(1926年-2013年)
パリ試飲会の白ワイン(シャルドネ)部門で首位になったシャトー・モンテレーナ1973年を造ったワイナリーのオーナー。元ロザンゼルスの弁護士。
マイク・ガーギッジ(1923年-)
シャトー・モンテレーナ1973年を造った醸造技師。当時の共産国、ユーゴスラビア、今のクロアチア出身。
1958年、難民状態でカリフォルニアのワイナリーに初就職したのは35歳。人生で非常に遅い時期でした。
パリスの審判の勝利以降、モンテレーナ1973年を造った醸造技師として、一躍、アメリカの英雄となります。
ウォレン・ウィニアルスキー(1928年-)
パリ試飲会の赤ワイン(ボルドー系)部門で首位になったスタグスリープ・ワインセラーズ1973年を造った醸造技師であり、同ワイナリーのオーナー。
シカゴ大学で哲学の教鞭を取っていましたが、ワイン造りへの熱い想いが断ち難く、オンボロ自動車でカリフォルニアへ向かいました(途中で、何度も車が故障します)。
映画、『ボトル・ドリーム』の登場人物
「事実は小説より奇なり」と言いますが、事実をそのままポンと出しても、感動してもらえません。ドラマ的な加工や技術が必要です。
この映画に登場する重要人物は以下に紹介します。大人の事情があり、実際とは微妙に違っているところに注目していただければと思います。この違いが、事実と娯楽作品の違いです。
スティーヴン・スパリュア
パリ試飲会の仕掛人、スパリュアは、もちろん、『ボトル・ドリーム』でも主役の1人として登場します。
俳優は、『ハリーポッター』の全シリーズでホグワーツ魔法魔術学校の教師、セブルス・スネイプを演じたイギリス人俳優、アラン・リックマン(1946年-2016年)です。低音の甘い声が「ミルクチョコレート・ボイス」として有名でした。
ジム・バレット
シャトー・モンテレーナのオーナー、ジム・バレットは、禁欲的な人物としてビル・プルマン(1953年-)が演じています。
プルマンは、アメリカの独立記念日直前に現れた巨大宇宙船によりアメリカの大都市が破壊されるSF映画、『インディペンデンス・デイ』で主役のトーマス・J・ホイットモア大統領を演じました。
『ボトル・ドリーム』では、シャトー・モンテレーナの冷静沈着なオーナー兼、醸造技師の役どころで、なかなかいいキャスティングだと思います。
ボー・バレット
ジム・バレットの息子で、本映画の実質的な主役です。
映画は、ボーを中心に進行します。俳優はクリス・パイン(1980年-)で、テレビの『ER緊急救命室』『CSI:マイアミ』や、映画の『スタートレック』でカーク船長を演じました。
現実のボー・バレット(1952年-)は、パリスの審判の時はユタ大学の学生で、試飲会と全く関係がなく、表には出てきません。単に、「ジム・バレットの放蕩息子」としての意味しかありません。
ただし、実生活では映画と同じで、お父さんのジムは、当時、学生のボーに仕送りを止めるなど、厳しく接しました。
現在、ボー・バレットは、シャトー・モンテレーナのオーナーで醸造技師です。なお、奥さんは、「カリフォルニアの4大女性醸造家」のハイジ・バレット(1958年-)。グレース・ファミリーや、スクリーミング・イーグルの醸造技師として世界的に有名ですね。
ブドウ畑の前のボー・バレット
グスタボ・ブランビーノ
俳優はフレディー・ロドリゲス(1975年-)。シャトー・モンテレーナに雇われた醸造責任者。メキシコからの移民との設定で、架空の人物です。
現実のパリスの審判では、1位の白ワインを造ったのは、クロアチアの移民、マイク・ガーギッジです。非常に重要な役なのに、なぜ、名前も国籍も異なる設定になったのでしょうか?これには、複雑な背景があります。
ガーギッジは、パリスの審判で1位になったワインの醸造技師として、カリフォルニアの英雄になります。いろんなワイナリーから、「ウチで醸造責任者になってほしい」とのオファーが来ましたが、全部断りました。
ユーゴスラビアからカリフォルニアに来て18年。53歳になった今、他人のためにワインを造りたくない、自分のワイナリーで自分のためにワインを造りたいとの強烈な想いがあり、モンテレーナとの5年契約が満了したら自分のワイナリーを立ち上げるつもりでした。契約終了が1976年でした。
1976年の12月、ヒルス・コーヒーで有名なヒルス・ブラザーズと50:50の所有率で、新しいワイナリー、ガーギッジ・ヒルスを立ち上げ、シャトー・モンテレーナを出ていきます。
別れは、どちらにも苦いものでした。ガーギッジは、ジム・バレットが自分を正当に評価してくれなかったと周囲に漏らし、「ロバート・モンダヴィの元を離れてモンテレーナに来た時、バレットと仲の良い友人でした。でも、モンテレーナを辞める時は、友人ではなく、友情のかけらも残っていません」と言っています。
一方、ジムも、ガーギッジが出て行くことに良い感情は持っていません。パリ試飲会の名誉を引っ下げ、シャトー・モンテレーナを出て独立しようとしているし、モンテレーナに醸造技師がいなくなるのです。
2013年に来日したボー・バレットにインタビューしたことがあります。お父さんのジムが亡くなった3週間後で、お悔やみを述べたところ、「父は、87歳まで生きたので、父の死は悲しい(sad)が、悲劇(tragedy)ではありません」とカラッとした表情で言われ、精神力の強さに驚きました。
ジムとマイク・ガーギッジの確執を聞いたところ、「父もマイクも、物凄くエゴが強かったと思います。ニューヨーク・ヤンキースの監督と、オーナーのような関係でしょう。2人とも、『オレがパリで勝ったんだ』と言い張っていました。パリ試飲会の30周年記念あたりで、少しずつ2人は仲直りしたように思います。私はマイクと仲が良くて、私には最初の先生でしたし、マイクにも私は最初の生徒でした。2人には、それぞれに事情がありました。私の父はチームプレイを重視し、マイクは個人プレイに徹したということです」と述べ、少しお父さんの考えに近いように思いました。
この映画は、ボー・バレットとシャトー・モンテレーナを中心に描いていますが、ガーギッジの力なくしては1位はあり得ません。この映画を撮影した2008年は、ジムは存命中でした。
2人の仲は良くなってきたけれど、完全に修復した訳ではなく、ジムには、ガーギッジの名前を出してガーギッジ・ヒルスの宣伝をしたくないとの思惑があり、クロアチア人のガーギッジではなく、メキシコ人移民のグスタボになったと思われます。何とも人間臭いお話ですね。
モーリス・カンターバレ
スパリュアの友人で、スパリュアのワインショップの隣にある旅行代理店の店主をしています。実際の「パリスの審判」には存在しない架空の人物で、映画に多様性を持たせ、面白くするための役どころです。
日本の映画やドラマで、5、6人が登場すると、必ず1人はクセがある大阪弁のキャラクターが登場します。そのアメリカ版が「陽気なイタリア系アメリカ人」のモーリスです。少し垢抜けない「パリのアメリカ人」を好演しています。
演じるデニス・ファリーナ(1944年-2013年)は、シカゴ市警察に18年間勤務した異色の俳優で、そのためか、テレビドラマの『特捜刑事マイアミ・バイス』、『探偵レミントン・スティール』、『ロー&オーダー』など、警察物への出演が多いようです。
サム・フルトン
謎の美女。グスタボとボーとサムは三角関係になります。実際のパリスの審判には存在しない架空の人物で、現実は男性ばかりで華がないため、無理やり美女を登場させ、ラブストーリーの要素を入れたのでしょう。
パリスの審判で最も重要な女性はパトリシア・ギャラガーですが、なぜか、映画には出てきません(1位の赤ワインを造ったワレン・ウィニアルスキーも登場しません)。
演じるのは、オーストラリア人の女優、レイチェル・テイラー(1984年-)で、スティーブン・スピルバーグの『トランスフォーマー』に出演しています。
なお、サムは男性名と思ってしまいますが、男性のサミュエル、女性のサマンサの愛称です。日本人の千尋、博美、薫のように、男女の区別がつかない名前ですね。
映画と実際の違い
映画では、ドラマチックにするため、登場人物を微妙に変えています。登場人物以外にも、映画的手法によりフィクションもたっぷり混ぜてあります。実際と違うのは以下の通りです(時系列順)。
若干、ネタバレがありますので、予備知識なしにこの映画を見て、感動したい方は閲覧注意です。
①グスタボの驚異の試飲能力
映画:ブラインド・テイスティングによるギャンブルで、シャトー・モンテリーナの醸造技師、グスタボは、ワイン名とヴィンテージをずばずば当てます。
事実:世界のトップ・ソムリエでも、ブドウの品種や生産国でさえも大外しします。
②試飲会用ワインをパリまで運搬した方法
映画:パリ便に乗る見知らぬ乗客に、機内持ち込みを依頼します。
事実:カリフォルニアの生産者がボルドーへ視察旅行へ行く時に(ジム・バレットもその1人)、一行の荷物として、機内預けの荷物にしました。破損の可能性を考え、スパリュアは1銘柄につき2本ずつ梱包した結果、シャルル・ド・ゴール空港に着いた時、フリーマーク・アベイ・カベルネ・ソーヴィニヨン1972年が1本割れており、スパリュアの「保険」が正しかったことが分かります。
③茶色に変色したワイン(その1)
映画:褐色になった白ワインがもとに戻っているのに気付いたのはボー・バレット(息子)
事実:気が付いたのはジム・バレット(父親)
④茶色に変色したワイン(その2)
映画:業者に売却し、業者がトラックで運搬中に取り戻しました。
事実:ジムが売却契約は結んだのですが、業者が引き取りに来ませんでした。
⑤パリでの試飲の場所
映画:野外(香りが飛ぶので、野外での試飲はありえません)映像の美しさを考えると、単調な室内でなく、奥行きのある野外にしたくなりますね。
事実:パリのインターコンチネンタルホテルの室内
⑥試飲会への参加
映画:ボー・バレット(息子が列席)
事実:カリフォルニア側からは誰も列席していません。ジム・バレット(父親)がボルドーを視察旅行中、マルゴー村のシャトー・ラスコンブで昼食を取っていた時に電話で結果を知らされました。
⑦審査員の数
映画:8人
事実:9人(もう1人はアカデミー・デユ・ヴァン講師のミシェル・ドヴァーツ)試飲の席で。中央にスパリュアが立ち、左右それぞれに4人ずつ審査員がいると画像の座りが良いので、8人にしたと思います。
⑧ボー・バレットの顔が違う
ボー・バレットとのインタビューで、映画の感想を聞いたところ、本人曰く、「オレの方が3cm背が高いぞ」と威張っていました。
ボー・バレットとのインタビューで、映画の感想を聞いたところ、本人曰く、「オレの方が3cm背が高いぞ」と威張っていました。
本映画の原題は、『Bottle Shock』です。ボトル・ショックは、白ワインを瓶詰めした後、ワインが酸欠状態になって一時的に褐色に色が変わることを意味する専門用語ですが、そのまま日本語にすると、あまり良いイメージがないため、『ボトル・ドリーム』に改題しました。この邦題はイイ感じだと思います。
まとめ
この映画は、ラブストーリーとして、カリフォルニアのワイン産地を見る映画として、「プロジェクトX」のように地道な努力が報われる感動話として、ワイン史の大事件を知る映画として、いろいろな楽しみ方があります。
見るたびに、新しい発見があり、毎回、「こんなこともあったのか……」と感心します。是非、白ワインを横に置いて、ご覧ください。