コート・ロティというアペラシオンをご存じでしょうか?
世界で最もエレガントで上品な味わいのシラーとして知られているワインであり、世界中の生産者が、現在流行のクール・クライメイト・シラーの指標としている産地です。
その魔法のような柔らかさと華やかさ、繊細な風味をしっかりとしたタンニンが支えるという点は、ブルゴーニュの偉大な赤ワインに近いと評されるほど。(ジャンシス・ロビンソン&ヒュー・ジョンソン, 2019)
今回はそんな、偉大なワインだけれど日本では少しマイナーなコート・ロティをご紹介します。
知名度があまり高くない理由
ワインエキスパートやソムリエの試験取得を目指したことがある方やワイン愛好家ならば、コート・ロティは耳にしたことがある生産地のはずです。しかし、実際に飲んだことがある方は少ないのではないでしょうか。
それもそのはず、今やフランス屈指の赤ワイン産地として知られているコート・ロティですが、ボルドーのポイヤック村やブルゴーニュのヴォーヌ・ロマネ村といった由緒ある銘醸地と比べると知名度が劣ります。
世界がコート・ロティという銘醸地を「発見」したのは、つい最近のことだからです。
コート・ロティのブドウ栽培の歴史は長く、最初にこの地にブドウが植えられたのはローマ時代と言われています。ところが、険しい渓谷に築かれたコート・ロティの小さなブドウ畑は、その後歴史上に姿を現しません。
フィロキセラ害や二度の世界大戦を経てブドウ畑が消滅しかかっていたコート・ロティが、ようやく世界の表舞台に登場したのは1970年代以降のことです。
ワイン・アドヴォケイト誌の創設者ロバート・パーカー氏が、最初にコート・ロティを「発見」し、世に知らしめました。1971年当時の栽培面積は70haだったようですから、ロバート・パーカー氏の発見が遅かったら本当に消滅していたかもしれませんね。
有名になった現在でも急斜面のため畑を拡げることが出来ず、栽培面積はおよそ300haに留まっているため生産量が少なく、希少性の高いワインとなっていることも知名度があまり高くない理由の一つです。
なぜブルゴーニュに似ているのか
コート・ロティは、フランス・北部ローヌにあるシラーを主体とした赤ワインの生産地です。こう聞くと、世界で最もエレガントなシラーといえども、ブルゴーニュの偉大な赤ワインに似ていると評されることには、疑念を抱く方も多いでしょう。
ところが、実際にコート・ロティのテロワールはブルゴーニュと間違うほどのエレガンスと複雑さをワインに与えます。
疑いを持つ大きな要因の一つに、ローヌ地方のワインに温暖な地中海や太陽のイメージが挙げられますが、それはローヌ地方全体の生産量の大半を占める南部ローヌのイメージです。ローヌ地方は南北200kmと長く、実際には北部と南部では緯度が大きく違うため気候も異なります。
その中でもコート・ロティは北部ローヌの最北端、南部ローヌよりもブルゴーニュ南部のマコネやボジョレーと近い位置にあり、ミストラルと呼ばれる冷たい北風が吹き抜ける渓谷は、シラーが熟すのにはむしろ寒すぎる北限の地なのです。
このためコート・ロティ(焼けた丘)と呼ばれるほどに日当たりの良い、南東向きの急斜面にブドウを植え、酸度を保ちながらもしっかりと熟したブドウで、焼けた丘という名前からは想像もつかないほど上品なワインを造ります。
また、シラーに芳香性の高い白ブドウ、ヴィオニエをわずかに混ぜて醸造する独特な慣習もコート・ロティのエレガンスに寄与している一因と考えられており、世界中の生産者が手本としてコート・ロティ・スタイルのシラーを造ろうとしています。
コート・ブロンドの畑
コート・ロティとブルゴーニュの共通点は、広く認知された単一畑があることも挙げられます。取りわけ有名なのが、「コート・ブリュンヌ」と「コート・ブロンド」という畑です。
言い伝えでは、かつてコート・ロティの丘の麓の町、アンピュイの領主の家に二人の娘がおり、一人が栗毛、一人がブロンドだったと言います。そこでアンピュイの北側にある茶色の丘をコート・ブリュンヌ(英語のブラウン)、南側の薄茶色の丘をコート・ブロンドと名付けたと言われています。
この二つの畑は対称的で、褐色の畑コート・ブリュンヌの土壌は鉄分を含んだ粘土質が多く、力強い男性的なワインに。薄茶色の畑コート・ブロンドの土壌は砂質が強いため柔らかく、ブルゴーニュ愛好家が好むような女性的なワインになります。
ピノ・ノワールにとってブルゴーニュが北限であるのと同様に、シラーがギリギリ成熟できる産地であるコート・ロティ。ブドウが栽培された環境の些細な違いも表現したワインとなることもブルゴーニュに似ていると言われる所以でしょう。
壮絶な急斜面
ラ・ランドンヌの急斜面
しかしながらコート・ロティは希少なため、普段飲むにはいくぶん高価なワインとなっています。その理由はなんといっても、最大斜度が70%近くになると言われる急斜面です。
急斜面のため畑の拡大も難しく、生産地全体で栽培面積は300haほどしかないので生産量も少なく、評価の高いワインは高値にならざるを得ません。ボルドー・メドック1級のシャトー・ラフィット・ロスチャイルドの畑が約100haということを考えると、その小ささがわかります。
また急斜面のため全ての工程が機械化できず、手作業なので人件費も多くかかっています。
その労力についてコート・ロティの生産者ルネ・ロスタン氏は、「何をするにしても他の生産地より10倍複雑で難しい」と語ります。命がけの作業で、滑落して骨折する労働者も少なくありません。
石垣をメンテナンスしている様子
最も大変なのが、急斜面で足場を確保するための石垣を造ることだそうです。なんと石垣1平方メートルあたり1.5トンの石が必要で、急斜面の中に重い石を運ぶのも手作業で行われます。生産者たちは毎年収穫後に数ヶ月かけて、この石垣をメンテナンスしています。
コート・ロティは、こうした生産者の地道な努力と限られた最高のテロワールで造られている希少なワインなため、どうしても少し高価ですが、その品質は試す価値のあるフランス最高峰の赤ワインの一つと言えます。
ローヌだから、シラーだからと、コート・ロティを試したことがなかった方は、ぜひ一度手に取ってみてください。特に熟成したコート・ロティは、ブルゴーニュと間違うほどの味わいです。
コート・ロティのワイン一覧