リンゴ、アカシア…ワインの香りを探していくのは何とも楽しいものです。1杯のグラスの中に約200種類もの香り成分が含まれており、その豊かさがワインの魅力とも言えるでしょう。
しかし、そんなワインの香りの中に硫黄やネズミの匂いがあったら、どう感じますか。こういった好ましくない香りのことを「オフフレーヴァー(欠陥臭)」と呼びます。
ワインを勉強している方なら一度は耳にしたことがあるでしょう。今回は不快な香りの種類や原因についてご紹介します。
目次
ブショネ Bouchonné
「コルク臭」とも呼ばれるブショネ。よくレストランでソムリエがワインを抜栓したあとに、コルクを香っているのは、ブショネではないか確認するためです。
コルクは天然の栓で、消毒に塩素系薬剤が用いられます。その塩素とコルク栓に寄生する微生物によって発生するのが「TCA(トリクロロアニソール)」。
この成分がほんの少しでもあると、ワインの好ましい香りがマスキングされ、ひどい場合には、湿った段ボールやカビのような匂いがするのです。
ブショネが出たときは飲まないで、購入先のお店に持って行き交換してもらうと良いでしょう。
酸化 Oxidation
穏やかな酸素との接触は、ワインにとってプラスに働くこともあります。しかし過度な酸素との接触は、「酸化」と呼ばれる欠陥状態を引き起こします。
酸素がワイン中のアルコールに反応すると、化学変化を引き起こし「アセトアルデヒド」と呼ばれる成分を生成。すりおろしたリンゴやシェリーのような匂いが出て、味わいも水っぽくなります。
この酸化を防ぐためには、嫌気的醸造が求められます。適量の亜硫酸使用、温度管理、酸素との接触遮断などがその具体的な対処例です。
1996年頃、ブルゴーニュの白ワインで「Premature Oxidation(熟成前酸化)」という現象が多発しました。本来期待される熟成のタイミングがやってくる前に、過度に酸化してしまう現象のことです。
原因の一つとして、この頃、ブルゴーニュの自然派生産者たちは亜硫酸の添加を嫌い、その量を極端に少なくしたことでワインが思わぬ速度で酸化してしまったようなのです。
揮発酸 Volatile Acidity
発酵が終わったあと、ワインを空気に触れさせて熟成すると、「アセトバクター」と呼ばれる酢酸菌の一種が繁殖します。
そのアセトバクターがエタノールをお酢のような香り成分をもつ「酢酸」に、さらにエタノールとその酢酸が反応して、接着剤やマニュキュアの除光液の香りがする「酢酸エチル」が生まれてしまうのです。
この匂いは鼻がツンとするような刺激も伴うのが特徴です。
意図的にこの反応を行うワインもあり、マディラや、フランスのVDNのランシオ香が挙げられます。
還元 Reduction
酸化の逆が還元です。極端に酸素と触れ合わせないようにして仕込むと、温泉街のような硫黄っぽい香りが出てきます。
酵母が増殖するためには窒素が必要で、これらが醪中に不足すると、その補充のために、窒素を含むアミノ酸を分解しようとします。この過程で、硫黄化合物質が発生し、それが還元され、さらに「硫化水素」に変化するのです。
微量であれば、マッチを擦ったような香りや、火打石のようなスモーキーさにも似ているので好ましく感じるテイスターもいるようです。
量が多いとまるで温泉卵です。よく料理との相性で「卵はワインに合わせるのが難しい」と言われるのは、この還元臭を彷彿とさせる食材だからでしょう。
この還元臭はデキャンターをしたり、スワリングしたり、2日目に飲んだりと空気と触れ合わせることで和らぎます。
ブレタノマイセス Brettanomyces
酵母の一種、腐敗酵母が原因です。ときには「ブレット」とも呼ばれます。
この腐敗酵母が繁殖することで燻製肉、皮革のような香りを発します。
最大の原因はワイナリーにおける衛生管理の悪さです。醸造器具の掃除不足、樽の使いまわし、亜硫酸の使用量不足や未使用が考えられます。
わずかな量のブレタノマイセスなら「ワインに深みを与えると」と歓迎する生産者や消費者もいます。
たいていの香水や柔軟剤にも少し臭い香りの成分が入っているのと同じでしょう。しかし量が多くなると馬小屋、馬の汗のような匂いになります。
ネズミ臭 Mouse taint (mousiness)
ワイン醸造中に、上述のブレタノマイセスとラクトバシルスなどの乳酸菌が共存したとき、ブドウ中に含まれるアミノ酸から「テトラヒドロピリジン」や「2-アセチル-1-ピロリン」と呼ばれる物質が生成されます。
日本ではこの香りを、ゆでた茶豆やポップコーンなどと表現し、いくぶん寛容な姿勢であることが伺えます。
その一方で、欧米ではネズミ臭とも表現し、拒絶の姿勢を強く感じます。興味深いのはこの成分は、直接グラスに鼻を近づけたときよりも、口に含んだあとのほうが感じやすいことです。
オフフレーヴァーとどう向き合うか
プロが集まるワインの品評会などではオフフレーヴァーがあれば、ワインの欠点として評価されていくのが一般的でしょう。
しかし、世に存在するすべてのワインが品評会用だけではありません。単純に「飲んで楽しければいい」、そんなコンセプトで造られているものも存在しています。
そのため、時と場合によっては、多少のオフフレーヴァーも個性として受け止めていく、大らかさも必要になることもあるでしょう。
何よりも人の好みは千差万別です。ときには文化的な背景によって「NG」とされる香りが変わることもあります。
大切なのは、お互いの好みを尊重し合ってワインを楽しむこと。ワインはそんな自由が認められる、素敵な酒なのです。
参考文献:児島速人CWE ワインの教本2020年版 児島速人ワインの香り 東原和成、佐々木佳津子 渡辺直樹 鹿取みゆき 大越基裕