ソムリエコンクールの変遷 後編

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公開日 : 2021.12.16
更新日 : 2023.7.12
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ソムリエコンクールの変遷 後編

2013年、18年ぶりに東京で開催された第14回ASI世界最優秀ソムリエコンクールでは、スイス代表のパオロ・バッソ選手が優勝した。この時、彼は47歳。世界大会に過去4度出場し、3年前のチリ・サンティアゴ大会でも準優勝したベテランである。


そのチリでの優勝者ジェラール・バッセ氏が当時53歳。現代の高度なソムリエコンクールは、場数をこなした方が有利……と誰もが考えた。

前編はこちら

目次

女性初のファイナリスト

ところでこの時の決勝公開審査には、大会始まって以来初めて女性選手が残り、準優勝を果たした。カナダ代表のヴェロニク・リヴェスト選手だ。


見るものをなごませる心地良いサービスぶり。しかしながら、1985年のシャトー・ラ・ガフリエールという少し古めの赤ワインを抜栓、デカンティングし、6人のゲストに注ぐ課題では、手に取ったワインが悪かった。


コルクが途中で折れそうになり、なんとか抜き取った時には残り時間わずか。自分のテイスティンググラスにワインを注いだところでタイムアウトだった。


じつはこの課題にはトラップが隠されていた。確認のためボトルをホストに見せた際、そのホストがワインを揺らしてしまうのだ。当然澱が舞うので、選手はワインを取り替える必要がある。


これに気づいたのは決勝に進出した3名のうちリヴェスト選手ただ一人だったが、取り替えたワインのコルクがあまりに脆弱だったとは。不運としか言いようがない。


一方、優勝したバッソ選手はというと、6分の制限時間内でやりとげたのは見事なものの、その動きはあまりにもせわしなく、優雅さや華麗さとはほど遠いもので、またリヴェスト選手のような親しみやすさも感じられなかった。


「ただ早ければ良いのか?」と疑問が湧いた結果だった。リヴェスト選手が手に取ったボトルのコルクが正常であれば、初の女性最優秀ソムリエが誕生した可能性も否定できない。

アジア勢の成長

そして2016年には南米アルゼンチンで第15回ASI世界最優秀ソムリエコンクールが開催されるのだが、その前に行われた2014年の第7回全日本最優秀ソムリエコンクールと2015年の第3回ASIアジア・オセアニア最優秀ソムリエコンクールの結果についても触れておかねばならないだろう。


2014年の全日本最優秀ソムリエコンクールには、1996年の第1回、1998の第2回全日本最優秀ソムリエコンクールで連続優勝し、2000年の第10回ASI世界最優秀ソムリエコンクールで3位入賞を果たした石田博氏が、14年ぶりの勝負に挑んだ。その理由について石田氏は、筆者にこう語った。


「先の世界コンクールで森さんは、ホームというプレッシャーの中、孤独な戦いを強いられました。そこで次のアルゼンチン・メンドーサ大会には自分も出場し、日本選手ふたりで世界の舞台に臨めば、少しは気持ちが楽になるだろうと考えました」。


もちろん、石田氏自身、一度は諦めた世界一の称号を自ら獲りにいこうと闘志を燃やしたことは言うまでもないだろう。しかしそれには、全日本、そしてアジア・オセアニアで優勝しなければ、ふたり揃って世界に挑むことはできない。


第7回全日本最優秀ソムリエコンクールが行われた2014年の時点で石田氏は45歳。歴代最年長の決勝進出者だったが、唯一フランス語を駆使して見事に優勝を勝ち取った。その余勢を買い、2015年に香港で行われた第3回ASIアジア・オセアニア最優秀ソムリエコンクールでも優勝。


見事に日本でふたりめのアジア・オセアニア最優秀ソムリエとなり、狙い通り、アジア・オセアニア代表として石田選手が、日本代表として森選手がアルゼンチンのメンドーサに向かうことになったのだ。


筆者はこのアジア・オセアニアコンクールを取材するため、香港日帰りという強行軍を敢行したのだが、その時に感じたのがアジア勢の急速な進歩だった。


ほんの数年前まで赤ワインのデカンティングすらおぼつかなかった彼らの技術が格段に上達していた。とくに準優勝を果たした中国代表ワレス・ロー選手の実技はかなりのレベルで、優勝した石田選手との差はさほど大きくなかったと思う。


中国代表とはいえ彼は香港出身で、なに不自由なく英語を使いこなすアドバンテージがある。そういう意味では、シンガポールやマレーシアの選手も言語的に有利といえ、アジア・オセアニア最優秀ソムリエコンクールで、今後も日本が楽勝できるとは限らなくなってきた。

進化するソムリエコンクール

そして2016年の第15回ASI世界最優秀ソムリエコンクール。このコンクールは「まるでオリンピックの10種競技」との声が聞かれるほど高度な内容だった。


ワイン産地が世界各地に広がり、選手は中国やオランダの産地名や栽培品種まで覚えなくてはならなくなっている。


そもそもソムリエが扱うのはワインだけに限らず、飲料全般におよぶ。本大会ではブラックチョコレートに合わせてグラン・クリュ・コーヒーを選ぶ課題も出た。


トラップも高度化が進む。決勝審査に、客の持ち込みワインに合わせて即興でメニューを組み立てる課題があったが、そのワインの中にドメーヌ・ポンソのクロ・サン・ドニ1945が出てきた。以前、フェイクワインについて述べたように、これは実在しないワインである。フェイクに気づくだけでもたいしたものだが、持ち込んだ客の機嫌を損ねず、しかもフェイクかもしれない事実をやんわりと説明するのは容易なことではない。


マネージングやマーケティングに関する課題が設定されたのもこの大会の大きな特徴だった。準決勝の最後には、「来週の土曜、ワイン愛好家が初めてメンドーサにやってくる。一行は40歳前後の男女30名ほど。すでにワインを目的にいくつものレストランとコンタクトをとっているらしい。ぜひとも彼らを当店に引き込みたいので、魅力ある提案をせよ」という設問があった。


このような難問が増えた背景には、きれいに手早くデカンティングしてワインを注いだり、ブラインドテイスティングでミスなくコメントするだけではもはや差がつかないほど、世界大会に出場するソムリエのレベルが上がっている実情がある。

ソムリエの世代交代

そしてベテラン有利、2010年のチリで3位入賞を果たしたフランス代表ダヴィッド・ビロー選手が本命と見られていたにもかかわらず、優勝したのはスウェーデン代表のアーヴィット・ローゼングレン選手。弱冠31歳の新星が頂上に上り詰めた。


しかも高級ホテルのメインダイニングでも三つ星シェフのいるレストランでもなく、彼が働くのはニューヨークのSOHOにあるカジュアルな店。普段はポロシャツとジーンズにエプロンをしてサービスしているというのも、歴代の優勝者と比べて異例中の異例だった。


この大会の後、日本でもソムリエの世代交代が進み、2017年の第8回全日本最優秀ソムリエコンクールでは1989年生まれの岩田渉選手が優勝、1987年生まれの井黒卓選手が準優勝を果たした。


筆者は残念ながら京都で開催されたこのコンクールを取材することができなかったが、岩田、井黒両選手ともネイティヴ並みの英語力を発揮し、明らかに新しい時代の幕開けを予感させたと聞いている。


その後、両氏とともに仕事をする機会がたびたびあるが、豊富な知識と情報の早さ、テイスティング能力の信頼性、そして語学力に驚かされてばかりいる。


翌年の第4回アジア・オセアニア最優秀ソムリエコンクールで岩田選手が優勝。2019年、ベルギー・アントワープで開催された第16回ASI世界最優秀ソムリエコンクールには、アジア・オセアニア代表として岩田選手が、日本代表として4たび森選手が出場し、それぞれ準決勝に進出したもののここまで。


公開決勝に残ったのは、ラトビア(ヨーロッパ・アフリカ代表)のレイモンズ・トムソン、デンマークのニナ・ジャンセン、ドイツのマルク・アルメルトの3選手で、弱冠27歳のアルメルト選手が優勝した。未熟さを少しも感じさせない堂々たるパフォーマンスで、トラップや切り返しもうまく乗り越えた。


牛ほほ肉の赤ワイン煮にワインを合わせる課題で、女性ゲストが「私は赤ワインを飲みません」と切り返してくる。アルメルト選手とジャンセン選手はシャルドネ、トムソン選手はシュナン・ブランをすすめたが、白ワインしか飲めないとは言っていないので、ロゼやオレンジワインを提案してもよかったのではないかと思う。


残念なことに2013年に続いて、また女性ファイナリストの審査中にトラブルが発生した。ワインをデカンティングのうえサービスする課題で、ジャンセン選手がテーブルにグラスを置いている最中、不注意にもマイクを手にしたスタッフがジャンセン選手の背後から現れてぶつかり、トレー上のグラスがフロアに四散したのだ。審査は仕切り直しとなったが、こうしたトラブルが選手に与える心理的影響を考えると気の毒でならない。

ハイレベルな戦い

本来ならば2020年3月に開催される予定だった第9回全日本最優秀ソムリエコンクールは、新型コロナウイルス感染症の影響により二度にわたる延期の末、8月に開催された。優勝は前回準優勝の井黒卓選手。準優勝は森本美雪選手。2013年の東京大会以来、世界コンクールでは女性選手が3位以内に入ることが珍しくなくなったが、全日本では今回が初めてだった。


大会実行委員長を務めた石田博氏は、審査委員長の森覚氏、審査委員の岩田渉氏とともに、この大会の指針を以下のように決めたと言う。


まず、石田氏や森氏がアジア・オセアニアコンクールや世界コンクールへの出場で得た教訓を活かすこと。次に、単に優勝者を決めるだけでなく、全選手にとって教育的価値のある大会にすること。そして最後に、アジア・オセアニア最優秀ソムリエコンクールで“勝てる”選手を選抜することである。


これらの指針をもとに、審査内容も次のように決められた。課題のバリエーションを増やし、2016年のアルゼンチン・メンドーサ大会から2019年のベルギー・アントワープ大会までに出された様々な課題を取り入れた。また出題数を多くしてひとつの課題に比重がかかることを避け、何かひとつをたまたま当てて勝利をつかむようなまぐれ勝ちが起きないようにも配慮した。それからこれまでのコンクールでお決まりだったトラップがほぼ見られなかったのは本大会の大きな特徴だ。非現実的なトラップよりも実践的な課題設定を重視したそうだ。


5人によって競われたファイナル、グランドファイナルはじつに密な内容で、誰が優勝してもおかしくないレベルの高さ。その中でも終始落ち着いて審査に臨んだ井黒選手に勝利の女神は微笑んだ。


ファイナルでは赤ワインをデカンティング、白ワインをエアレーションし、審査側が用意したコミソムリエをうまく使って、ホストのほか14名のゲストに8分間でワインをサーヴする課題が出たが、井黒氏はコミに的確な指示を与え、5人の中で唯一全員に注ぎ切ったばかりでなく、赤白それぞれのワインにおすすめの料理をすすめる余裕ぶり。


グランドファイナルでは、ゲストのひとりにだけ異なるグラスを置かれているという本大会唯一のトラップを見破り、ワインを次ぐ前に手際よくグラスを取り替えた。


今年、オーストラリアのメルボルンで予定されていた第5回アジア・オセアニア最優秀ソムリエコンクールはコロナ禍で中止となり、来年、台湾での開催に変更された。成長著しいアジア勢や実力が高いと噂されるオーストラリアの選手を相手に、井黒、森本の両選手がどう挑むのか。


世界最高のビバレッジサービスとは何かという命題のもと、新世代のソムリエコンクールはさらに進化を続けることだろう。

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