ワインが飲みたくなる小説『おいしいワインに殺意をそえて』を4倍楽しく読む方法

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公開日 : 2022.4.20
更新日 : 2023.7.12
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ワインが飲みたくなる小説『おいしいワインに殺意をそえて』を4倍楽しく読む方法

美味しそうな食べ物がたくさん登場する小説といえば、池波正太郎の『鬼平犯科帳』が有名です。


ささがきゴボウを卵でとじたドジョウ鍋や、みょうがを散らした鰹のたたきを肴に、長谷川平蔵が冷酒を飲むなど、美味しそうなシーンが満載。


火付盗賊改方の長谷川平蔵を売れない女優のニッキィ・サンズに換え、馬の代わりにジープ・チェロキー、冷酒の代わりにカベルネ・ソーヴィニヨン、刀の代わりにコルト45が登場するのが、今回の『おいしいワインに殺意をこめて』です。


この小説は、ワイン本であり、料理のレシピ本であり、コテコテに甘いハーレクイン風の恋愛小説であり、連続殺人事件が起きるミステリーです。是非、4倍楽しんでください。

目次

物語のはじまり

主人公はニッキィ・サンズ。ハリウッドの近くの安アパートに住んでいるニッキィは、売れない女優です。


俳優業だけでは食っていけず、いつもはロサンゼルスのフレンチ「シェ・ラ・メール」でソムリエールとして働いています。


ある夜、デートでレストランに来たカップルの男性客が、ニッキィにお薦めのワインを聞きました。ニッキィがいつも通り、完璧にワインの説明をしたことから、イケメンの男性に気に入られます。


でも、面白くないのは連れの女性。オークのチップを思いっきり入れたオーストラリア産シャルドネみたいにケバケバしい化粧の女性は、イケメンを落とそうとしていたため、ニッキィを目の敵にします。


女性から執拗な嫌がらせを受け、何かの拍子にニッキィが相手のスカートに染みを付けてしまいます。マグナムボトル分の罵詈雑言を受けたニッキィは、結局「だったら辞めてやる」と啖呵を切って店を出てしまいました。


感情的になったため、「明日からの仕事がなくなった……」。ニッキィはガックリとテンションが下がります。


やけ酒を飲みにいつものワインバーに行き、サドルバック・セラーズのソーヴィニヨン・ブランをグラスでオーダーします。


その瞬間「それをボトルでもらおう」と背後から男性が声をかけるのです。これは先ほどのカップルの男性で、ナパ・ヴァレーの超一流ワイナリー、マルヴォーのイケメンオーナー、デリック・マルヴォーだったのです。


デリックは「最近、ワイナリーの営業部長が辞めて困っている。営業部長兼私の補佐役として来てくれないか?」と申し出ます。


なんでそんなに上手く行くんだよと怒ってはいけません。この本は、シャトー・ディケム1988年より甘いハーレクイン恋愛小説でもあるのですから。


二人は、デリックのプライベート・ジェット機でナパのワイナリーへ向かいます。で、ワイナリーで連続殺人事件が起き、ニッキィの名推理で解決するのです。


スタイリッシュな文体のミステリーですが、ペドロヒメネス以上にドロドロしています。


ニッキィの生家は非常に複雑。父親から虐待を受け、ロサンゼルス市警殺人課の刑事だったカーラ伯母さんに育てられました。これが「探偵ニッキィ」の伏線になっていて、死体を発見した時、眼球が白濁し顔面が紫色なので、死後、それなりの時間が経っていると分かったのです。


なお、本書の殺人事件の謎は「どのように殺したか?」と言うトリック系の「ハウ・ダニット」ではなく「殺人の動機はなに?」の「ワイ・ダニット」です。


殺人事件ではいろんな人が複雑に絡み、謎解きで「なるほど、それが動機だったのか」とスッキリする構成です。

ハーレクイン本として楽しむ

文中で、作者が次のように書いています。「ここナパ・ヴァレーでは、ブドウの木々と肥沃な土壌の他に、もうひとつ、ハンサムな男にも事欠くことがないようだ」。


登場する男性は、デリック・マルヴォーをはじめ、隣のワイナリーのオーナー、醸造技師など、みんなマッチョでイケメン揃い。目の前に、五大シャトーとシャンベルタンとミュジニーとモンラッシェとムルソーが並んでいる状態ですね。


ニッキィとデリックは少しずつ距離を縮めます。本書では、まだ仲の良い友人同士ですが、この「ワイン・ミステリー・シリーズ」の続編では、巻を重ねるに従って深い関係になり、遂には結婚します。

レシピ本として楽しむ

本書には、ワインと料理がタップリ出てきます。『鬼平犯科帳』は、美味しそうな料理やお酒が出てくるだけですが、このミステリーは、登場した全ての料理のレシピがしっかりと書いてあります。


さっと作れるものから、手の込んだものまで、ニッキィが食べたものが全て自分で作れますし、合わせるワインもピンポイントで書いてあります。


以下、登場する料理とワインを紹介します。

・山羊のチーズとキノコのブルスケッタ × エスタンシアのピノ・ノワール


・ホタテ貝のソテー × サドルバック・セラーズのソーヴィニョン・ブラン


・レモンとバジルのリゾット ワインは同上


・スティルトン・チーズ × ポート・ワイン


・山羊のチーズとアップル・スモーク・ベーコンのタルト × ガーギッジ・ヒルズのシャルドネ(正確には「ヒルズ」ではなく「ヒルス」)


・焼き牡蠣のハラペーニョ・ソースがけ × ケークブレッド・セラーズのヴァン・ド・ポルシュ(ピノ・ノワールのロゼ)


・ポーク・テンダーロインのサルサ・ベルデ・ロースト × サン・スペリーのレッド・メリタージュ(ボルドー・ブレンド)


・真夜中のパスタ × ボニー・ドゥーンのカーディナル・ジン(ジンファンデル)

面白いのは、何人前かがバラバラであることです。2人前だったり10人前だったりします。


小説に合わせ、パーティーで出てきた料理は大人数用、デリックとと二人で食べる時は2人前なのですね。

ワイン本として楽しむ

著者のミシェル・スコットは、かなりのワイン通だと思います。ワインが絡むミステリーのシリーズを書いているので当たり前ですが。


ワイナリーのオーナー、デリックにこんなことを言わせています。

「瓶詰めしたワインを寝かせても、必ずしも熟成しない。風味が増す確率は一割で、残りの九割は一年以内に飲むのが正しい」


「熟成させる時にオークの樽に入れる。樽には、フレンチ・バレルとアメリカン・オークがあって、使い分けている」


「ローム質は、砂、沈泥、粘土が理想の割合で混じっていて水はけがよく、ブドウの栽培に最適の土壌だ」


「ワインづくりは土から始まる。それは、絵を描くのにも似た作業なんだ。大地はキャンバス、木の根は絵筆、ブドウの栽培家も、ワイン職人もこの土地でワインづくりにたずさわる人間はみな画家だ」


「父の代にネアブラ虫が猛威を振るった。アメリカのブドウには抵抗力があった。ある時、東部の栽培家が害虫の寄生した木をフランスに出荷して、ヨーロッパが壊滅的な状態になった」


「あちこちからブドウを採集してきて、蔗糖濃度を調べなきゃならん。蔗糖濃度が25前後に達した時点でブドウを収穫することにしている」

畑の土壌、フィロキセラ(ネアブラ虫)、樽の細かいことまでキチンと抑えているのはさすがです。


デリックとニッキィがイチャイチャする合間に、こんなワイン系のことがサラッと出てきて、ワイン好きにはたまりません。

クセの強い登場人物

このミステリーは、軽いタッチでサラサラと書いていますが、登場人物はいずれも濃厚なジンファンデルみたいに曲者揃いです。

ゲイブリエル・アサンティ:マルヴォーのイケメン醸造技師。ハンサムなイタリア系で、手足があれば机でもOKというほど女癖が最悪。そのためか、最初に殺されます。


カル・サムナー:カリフォルニアで屈指の技術を持っていたゲイブリエルを引き抜こうとしていた隣のワイナリーのオーナー。やはりイケメンです。


メレディス・マルヴォー:デリックと別れた元妻。ワイナリー内に併設したビストロで支配人をしていて、不正経理をはたらき、経費を水増ししているらしい……。


パトリス・マルヴォー:メレディスと、同性愛的に絡んでくるのがデリックの継母。


タラ・ベッケンロー:『ワインメーカー・マガジン』誌の編集者で、男を惑わすセクシー爆弾。


サイモン・マルヴォー:高価なものが優れたものと信じて疑わないデリックの異母弟。


ミニー・ラーク性格の悪い変人ばかりの中で、唯一まともに見えたワイナリーの会計士。ミステリー的には「真面目なこいつが意外な犯人だろ?」と思っていたら、とんでもない悪事に加担し、2番目に殺されます。

大勢が登場しますし、しかも、登場人物が全て関係を持っているフランス映画みたいに、人間関係は複雑怪奇に乱れていますが、アガサ・クリスティのように軽快にキャラクターを書き分けているし、ストーリーテリングも上手いと感心します。

続編

本書は、2005年に出版した『Murder Uncorked』の翻訳です。以降、シリーズとして、以下が出ました。

『Murder by the Glass(2006年)』

『Silenced by Syrah(2007年)』

『A Vintage Murder(2008年)』

『Corked by Cabernet(2009年)』

『A Toast to Murder(2010年)』

『A Killer Margarita(2020年)』

毎年、ワインを造るように、2005年から連続で「ワイン・ラバーズ・ミステリー・ブック」を6ヴィンテージ連続で出しています。


ただし、邦訳はこの第1作だけなのが残念です。書いてある英語は難しくないので興味のある人は是非、Kindleで読んでください。


2007年刊の『Silenced by Syrah』は『シラーに口なし』と言う感じでしょうか。シラーがタイトルになった殺人事件は、世界中でこれだけでしょうね。著者のミシェル・スコットは、カリフォルニアの住民らしく濃厚系のカベルネが好きで、特にシラーは題名にするほどお気に入りのようです。


巻が進むにつれてニッキィとデリックは、少しずつ距離を縮め、ボーイフレンド、ガールフレンドの関係から婚約者になり、遂に結ばれます。そのあたりも、是非自分で読んで確かめたいですね。

このミステリーの正しい読み方

本書のおすすめの読み方は、日曜日に買い、月曜日からオフィスへ行く時に30ページ、帰りに30ページ読みます。金曜日に帰宅した時点で300ページを読んだことになります。


そして、いよいよ犯人が分かる第18章以降の100ページは、土曜日の朝、p.388にレシピが載っている「真夜中のパスタ」をチャチャっと作ってベッドへ戻り、半分起き上がり、よく冷えたソーヴィニヨン・ブランをチビチビ飲みながら読むのがイイでしょう。


昼頃には、「なるほど、こいつが犯人だったのか。上手く騙された。なかなか深い動機だわ」とイイ感じで酔いが回り、大満足することでしょう。


是非、ミステリーとワインの極上のマリアージュをお楽しみください。

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