思いもしないちょっとした出会いが、劇的ではなくても、小さくその後の人生を変えていく……。

この物語は、そんな奇天烈な出会いをなぜか果たしてしまったアンチワインな今どき会社員の、ワインを巡るちょっと不思議なお話。

ちょっといつもより早く仕事が終わった日。学生時代からの親友といつもの店に集合したりこ。

手にはもちろんビール。話題はもっぱら元カレの話。

「あり得なかったよ、ほんと！ どう考えても浮気してるのに仕事の付き合いだからとか言って、そんなわけないじゃん！ 『スタートアップには人脈が命なんだよ』とか言ってさ……」

「うわ、出たそういう男！ アントレプレナーの意味もわかってないでしょどうせ。まあでもさ、別れたわけだし忘れて次探そ！ アプリ入れた？ どんどん新しい出会いを探していこう！ ほら、乾杯しよ！ あ、りこ飲み物は？ ワイン？」

「あーいや、私ワイン苦手なんだよね……難しいし、なんかおしゃれぶってそうじゃない？ ほらあいつも、なんか最近ワインにハマってるとかいって、カッコつけて“グラスくるくる”してたし……形から入るんだよね、何でも。あー嫌なこと思い出した！」

……すると急に、後ろのバーカウンターに佇んでいたおしゃれなイケオジがこちらをチラリ。

どうやらりこのワインに対するアンチ発言に反応した様子。

「急に失礼します。ちょっとチラリと会話が耳に入ってしまって……」

「え？ ごめんなさい、どなた……」

「ワインがお嫌いと……」

「いや、まあ、そうですね。好きではないです！」

「その浮気元カレは男の風上にも置けない最低なやつなので肩を持つつもりは微塵もないのですが、“グラスくるくる”は、実は！ カッコつけているわけではないんです。ワインを美味しく楽しむためのコツなんです」

「え。あのくるくるに意味があるんですか??」

「そうなんですよ！ こうすることで、グラスの中でワインが空気と触れ合ってどんどん香りが開いていき、より美味しくなるんです」

「つまり味が変化するってこと!?」

「そう！ ワインは時間と共にどんどん味が変わっていくのを感じるのも、楽しみのひとつなんです！」

「たった一杯のこのグラスの中で様々な味がする。それを香りと味で少しずつ探りながら楽しむ、なんてなんだかワクワクしませんか？」

「まあ、確かに。全然そんなこと知らなかったです」

「ああ、いや失礼、ちょっと喋りすぎましたね。では私はこれで。元カレは嫌いになっても、どうかワインは嫌いにならないでくれると、嬉しいな……」

「……誰？」

急なイケオジの登場に戸惑うりこ。

「なんかあの人、ワインに詳しかったな……。ワインおじさん……一体何者なの？」

するとりこの目の前に一杯のワインが。

「こちら、先ほどの男性から」

「!?」

「こういうこと現実でする人って存在するんだ……！」

ワイングラスを掲げて恐る恐る眺めてみると、なんだかいつもより少しグラスの中のワインが輝いて見えるかも。 そーっと、ワインがグラスの中で空気と触れるようにゆっくり回してみる。

「これでワインが美味しくなるのかー。なんか不思議な感じ」

「うん、難しいことはわからないけど、確かに美味しく感じるかも……。そんなに毛嫌いしなくてもいいのかも？」

このワインおじさんとの出会いが、この後のりこの日常を少しずつ少しずつ変えていくとは、この時の彼女はまだ知らないのでした……。