ワインの銘醸地と言われる場所には必ずと言ってよいほど大きな川が流れています。これは偶然でしょうか?
実は、川とワインには深い関係があるのです。
昔から川はブドウ栽培だけでなく、出来上がったワインの消費にまで関わってきました。今回はそんなワインと川の関係性について詳しく解説します。
川があるメリット
水がなければ生きていくことのできない人間は、水を安定して得ることができる川の近くに住み、文化を形成してきました。
農業にも酪農にも水は欠かせません。
しかしブドウの栽培に関しては乾燥して痩せた土壌の方がより適しているのです。
それなのに川の近くにブドウ畑が多いのは、ブドウの生育において重要視されている条件が、土地の水はけの良さであったり、日照量の多さであったりするため。
川が長い年月をかけて大地を削り土砂を流し、泥や小石を堆積させた川沿いは水はけが良く、川の流れによって作り出された川岸の斜面は、十分な日照量を得ることができます。
また、冷気や猛暑の影響を川の水蒸気が和らげてくれるので、気候も安定していることがほとんどです。
上記の理由から川沿いはワイン造りに最適な土壌と言え、そのメリットを最大限に活用するため、ワインの銘醸地は川の近くにあることが多いのです。
それに加えて、ヨーロッパでは主要都市が川沿いにあることからわかるように、古代から中世の時代、河川は物資の輸送において重要な役割を果たしていました。川沿いの産地で造られたワインは、川を伝って主要都市に運ばれ消費されることで、市場を拡大していったのです。
代表的な産地
世界の銘醸地の近くには必ずと言っていいほど大きな川があり、ワイン造りに関与しています。その一部を土地ごとに詳しくご紹介いたします。
フランス・ボルドー
銘醸地ボルドーのブドウ畑は、ピレネー山脈から流れるガロンヌ川と、中央高地から流れるドルドーニュ川がボルドー市のすぐ北で合流し、ジロンド川となって大西洋に流れ込む、この三つの河川の流域に広がっています。
ガロンヌ川及びジロンド川左岸の土壌は砂礫質土壌で、温かく水はけの良い土壌を好むカベルネ・ソーヴィニヨンの栽培に適し、ドルドーニュ川及びジロンド川右岸は粘土質土壌のため、冷たく保水力のある土壌に向いたメルロが多く栽培されています。
また、森の中を流れる小さなシロン川がガロンヌ川に合流する地点では、ブドウが熟す秋になるとシロン川の水温が低くなり、二つの河川の水温差により明け方に霧が発生します。この湿った環境でブドウに貴腐菌が付き、貴腐ワインのソーテルヌが造られています。
ガロンヌ川とドルドーニュ川のほぼ合流点に位置するボルドーは、中世の時代にその立地を最大限に生かして、ワイン市場を確保しました。
メドックのワインが高く評価されたのは、メドックが川の最も下流に位置しており輸送に有利だったからとも言われています。
フランス・ローヌ
スイス・アルプスから発し、フランス南東部を500kmを超えて下り、地中海へ流れ出るローヌ川。ローヌ地方のブドウ畑はそのローヌ川流域の、北はヴィエンヌから南のニームまでの南北250kmに渡って広がっています。
南北に細長いローヌ地方は、ローヌ川渓谷の急斜面で育ったシラー主体のワインが生産されている北部と、なだらかな平地や丘陵地でグルナッシュなど多くのブドウ品種が栽培されている南部とに分けられます。
北部は半大陸性気候、南部は地中海性気候で、いずれも夏と冬は乾燥し、春と秋は雨が多いのですが、ローヌ渓谷から地中海に向かって吹き抜けるミストラルという強風が畑を乾燥させ、カビなどの病害からブドウを守っています。
ドイツ・ラインガウ
ドイツを代表する銘醸地ラインガウは、スイス・アルプスから発し、ドイツ国内を流れ、オランダで北海へと流れ出る全長1,320kmのライン川の中流域に位置します。
ライン川は300km以上に渡ってドイツとフランスの境界を北上した後、北緯50度に沿って西南西から北北西へと向きを変えるのですが、ラインガウのブドウ畑はその右岸(北側)に広がっています。
ブドウ畑の90%が南向きの恵まれた斜面にある上、西にそびえるタウヌス山脈が冷たい北風を防いてくれるので、畑は年中暖かさを保っています。
また、約1kmに及ぶライン川の広い川幅によって気温が最適に調整され、霜のリスクを下げ、秋には湿度が上がることで貴腐菌がつきやすい環境となっています。ラインガウのブドウ畑は78%をリースリング、12%をシュペートブルグンダーが占めており、貴腐ワインも含めて世界最高峰のリースリングを生産する地域と言われています。
アメリカ・ナパ
サンフランシスコの北に位置するナパ・ヴァレーは、マヤカマスとヴァカという二つの山に挟まれた、長さ50km幅8km程の盆地で、その中にはマヤカマス山を源流とする全長約80kmのナパ川が流れています。ナパの街もこの川沿いにあります。
ナパ・ヴァレーの地形はナパ川の流れに沿って姿を変え、河口に位置する南側では強い風が吹き付ける平地となだらかな丘陵が広がっていますが、反対側の谷の先端に位置するカリストガの町では、東側にセントヘレナ山麓、西側にマヤカマス山脈の森林が広がっています。
小さな産地でありながら、南はサンパブロ湾からの寒流の影響で涼しく、北はセントラルヴァレーの暑さの影響を受ける特異な気候と、ナパ川によって形成された多様な地形と土壌によって、ワイナリー毎に個性豊かなワインが多く生産されています。
ポルトガル・ドウロ
ポルトガルのワイン産地ドウロは、スペインに源を発し、大西洋河口のポルトまで流れる全長925kmのドウロ川流域に位置します。川沿いに広がるブドウの段々畑が有名で、ユネスコの世界遺産にも登録されています。
ドウロ川流域にはコルゴ川、トルト川など多くの支流と渓谷があり、これらの渓谷を利用して栽培されるブドウから酒精強化ワインのポートや、スティルワインが生産されています。
かつてポートはドウロ川河口のヴィラ・ノヴァ・デ・ガイアのロッジで熟成され出荷される決まりになっていました。そのため、渓谷で造られたワインは必ず川を下り河口へ運ばれていましたが、1986年にワイン生産地で熟成し出荷することが認められました。
まとめ
ブドウの生育からワインの消費まで、ワインにとって川は重要な役割を果たしてきました。その源流や成り立ちを知ることで、銘醸地のブドウ畑はより風光明媚に見えるかもしれません。
ワイン産地を訪れる機会があれば、ブドウ畑の周辺の自然環境にもぜひ目を向けてみてくださいね。
参考:日本ソムリエ協会 教本 2022