バローロ、バルバレスコと並びイタリア三大銘酒の一つであるブルネッロ・ディ・モンタルチーノ。
その歴史は意外と浅く、本格的に造られるようになってからまだ60年も経ちません。そして現在の名声を築くまでには波乱がありました。
その歴史を振り返り、ブルネッロの今をお伝えします。
濃厚で力強いワインが流行
ブルネッロ・ディ・モンタルチーノは、イタリア・トスカーナ州のモンタルチーノ村周辺で造られるサンジョヴェーゼ(※正確にはサンジョヴェーゼ・グロッソ)100%の赤ワイン。
同じサンジョヴェーゼから造られるキャンティとは異なり、エレガントながらも豊かなタンニンと力強い味わいが特徴です。
その起源は19世紀末、ビオンディ・サンティがサンジョヴェーゼ・グロッソのみを使用してワイン造りの研究を始めたことにあります。1888年に初の“ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ”が誕生し、その後、1966年にDOCブルネッロ・ディ・モンタルチーノが認定され、翌年には協会が設立。当初はわずか12軒の生産者で構成され、モンタルチーノ村はシエナ県でもっとも貧しい村の一つでした。
そんな中、この地に大きな可能性を感じたアメリカ資本のワイナリー、バンフィが1970年代にモンタルチーノに進出します。ビオンディ・サンティ一強だったこの地に新たな風が吹き始めるのです。
彼らのワインがアメリカをはじめとする世界各国で高い支持を受けるようになり、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノの名声が高まると、1980年にはバローロ、バルバレスコと並んでイタリア初のDOCGに認定されました。
そして1990年代にはバンフィの影響で、世界的なブルネッロ・ディ・モンタルチーノブームが巻き起こります。当時、人気だったパワフルで濃厚なワインが多く造られるようになり、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノの主流なスタイルとなりました。
※サンジョヴェーゼは突然変異しやすいブドウで非常に多くのクローンが存在します。大きく分けてサンジョヴェーゼ・グロッソとサンジョヴェーゼ・ピッコロの二つに分類できます。サンジョヴェーゼ・グロッソは粒が大きく果皮が厚いブドウで、サンジョヴェーゼ・ピッコロは粒の小さなブドウです。
ワイン業界を揺るがすスキャンダル
名声を築き始めたブルネッロ・ディ・モンタルチーノでしたが、2008年、ワイン業界を震撼させる「ブルネッロ・ゲート事件」が起きました。
サンジョヴェーゼ100%で造ることが義務付けられているはずにもかかわらず、超有名生産者を含む一部のブルネッロ・ディ・モンタルチーノにカベルネ・ソーヴィニヨンやメルロがブレンドされていたことが発覚したのです。
高品質で知られるはずのブルネッロ・ディ・モンタルチーノは信頼を失い、アメリカ市場では輸入が拒否されるなど、ワイン業界に大きな衝撃を与えました。
その後、一部の生産者は無罪とされ、産地への影響は限定的となりました。サンジョヴェーゼ100%で造られる規定にも変更はなく、イギリスのワイン評論家ジャンシス・ロビンソンは「この問題が明るみに出たことで、よりピュアな本物のワインを生み出すことにつながったのではないだろうか」とポジティブな反応も示しました。
結局、事件によってブルネッロ・ディ・モンタルチーノの信頼性を問い直し、品質保証と透明性の必要性を再確認するきっかけとなったのです。
ブルネッロの今
時代の変化とともに、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノも変遷を遂げました。
世界的な傾向がワインにエレガンスや繊細さを求めるものになったことや、サンジョヴェーゼのピュアさを表現する生産者が増えたことで、クラシックで優美なブルネッロ・ディ・モンタルチーノが注目されるようになっています。
そんなエレガントなワイン造りを後押しするかのように、2015年には標高制限が撤廃され、標高600m以上の畑でも栽培が可能に。エレガントなワインが生まれるテロワールが広がりました。
そしてもう一つ、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノの近年の動きとして挙げられるのが単一畑の増加。
複数の畑をブレンドする伝統があったモンタルチーノでもテロワールを強調する生産者が増えことで、単一畑でワインを造る生産者が増加しています。
これまであまり語られてこなかったブルネッロ・ディ・モンタルチーノのテロワールについても、今後注目が集まりそうです。
まとめ
60年前には12軒しかいなかった生産者は現在、200軒以上に増えました。さまざまな歴史を乗り越えたブルネッロ・ディ・モンタルチーノは、濃厚なスタイルから多彩なテロワールを表現するエレガントなワインへと変化を遂げています。
そんなブルネッロの今を楽しんでみてはいかがでしょうか。
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