【ワインにまつわるショートショート】vol.2 ロゼワインとラタトゥイユ

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エノテカタイムス
公開日 : 2024.7.1
更新日 : 2024.9.2
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vol2.ロゼワインとラタトゥイユ
樋口 直哉 Higuchi Naoya
樋口 直哉 Higuchi Naoya

作家・料理家。服部栄養専門学校卒業後、料理教室勤務や出張料理人などを経て、2005年『さよならアメリカ』で群像新人文学賞を受賞し、作家デビュー。作家として作品を発表する一方、料理家としても活動し、メニュー開発なども手がける。 主な著書 『スープの国のお姫様』(小学館) 『おいしいものには理由がある』(角川書店) 『最高のおにぎりの作り方』(KADOKAWA) 『ぼくのおいしいは3でつくる』(辰巳出版)

vol.1はこちら

この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

「あれ、美味しいな」


 店主から提案されたワインを飲んで、公平は呟いた。初夏にしては蒸し暑い夜だった。広告関係の小さなコンペ案を提出したので、お疲れ様会として駅前の和食屋で打ち上げをした。その帰りにもう一杯だけどうですか、と誘われ、案内されたのが商店街の外れにあるこのワインバーだった。


「ロゼって白ワインに赤ワインを混ぜてるの?」


 素直な疑問を口にすると、カウンターの奥にいた店主が首を縦に振った。


「そういう製法もありますね。ロゼワインの造り方には色々な方法があって、赤ワインや白ワインに近い工程で造られることもあります」


「へぇ」


と公平はもう一口飲んだ。あとで造り方を検索してみよう。


「本当に美味しいです。ワイン、そんなに飲まないんですが、ちょうどいい感じ」


「そう言っていただけてうれしいです。ロゼワインって過小評価されているんですよ」



 その週末。駅前の商業施設で妻の買い物に付き合っているとき、一階にあったワイン売り場で足が止まった。店頭にこのあいだ飲んだロゼワインのボトルを見かけたからだ。


 公平はそれを1本手にとって、レジで会計を済ませた。


「めずらしい」


 妻の瑞希が意外そうに言った。


「このあいだ飲んで美味しかったから、家でもちょっと飲んでみようと思って」


 言い訳をするように公平は答える。結婚して十年になる。二人暮らしの生活に不満はないが、どこか満足できない自分もいる。子どもがいたらどんな暮らしだっただろうか、と思うことはあるけれど、毎日がめまぐるしく流れてしまうから、深く考えている暇はない。


 帰りがけ、地下の食品売り場に寄った。夕飯の材料を買いがてら、ワインと一緒に何か食べようか、と公平は考える。ナッツとか、チーズでいいか。思案しながら歩いていると野菜売り場で積み上がっているトマトの赤が目に入った。


「えーと、あれなんだっけ。ナスとかズッキーニとかをトマトで煮込んだ料理」


「ナスのトマト煮?」


「違うよ。昔、作ってくれた映画のタイトルにもなっているやつ」


「あー、ラタトゥイユ」と瑞希は目を大きくした。「日本版のタイトルは違うけど」


 それだ、と公平は携帯電話を取り出して、レシピを検索した。ナス、ズッキーニ、玉ねぎ、トマト、にんにく。材料は意外とシンプルだ。家に帰って、たまには料理をするのも悪くない。買い物カゴに野菜を放り込んで、家に帰るなり台所に向かった。


「手伝うよ。ラタトゥイユでしょ?」


 瑞希と二人で台所に立つのは久しぶりだ。公平は料理をはじめる前にレシピを再び調べた。


「ありがとう。えーと、まずは玉ねぎとにんにくのみじんぎりをオリーブオイルで炒める。トマトの皮と種を取り除き、角切りにしたものを加えて、弱火で三十分煮る。ナスとズッキーニは塩を振ってアク抜きをしてから素揚げして、トマトの鍋に加える…と」


 時計を見ると時刻は六時を過ぎている。長い夏の日も暮れかけていた。


「なにそれ。わたし、いつもレンジに入れちゃうよ。切った材料をボウルに入れてレンジでチン。そんな作り方じゃ夜になっちゃう」


 きちんと作りたい気もしたが、すぐにワインを開けたかったので、公平はその提案に従うことにした。野菜を切って、ボウルに移し、ラップをかけてレンジで加熱する。野菜の甘い香りが室内に漂った。


 ワインのコルクを抜いて、二つのグラスに注ぐ。乾杯、と二人はグラスをあわせる。透明な淡いピンク。なんの記念日でもないのだが、それだけで気分が華やぐ。レンジからボウルを取り出し、三分置いてからラップを外す。本当にあっという間だ。


 ワインを一口飲んでから、フォークでできたてのラタトゥイユを食べてみる。野菜はジューシーで、夏の匂いがした。少しだけ水っぽい気もするけれど、野菜の甘さが生きていた。


「悪くないね」


「でしょ? レンジってバカにできないんだから」


 ロゼワインは過小評価されている、と店主は言った。自分もこの生活をもっと評価するべきなのかもしれない。二人は夏の夜の入り口にいる。楽しい時間は、まだこれからだ。

レンジで作るラタトゥイユ


【材料】(2人分)

・トマト 1個(大)

・玉ねぎ 1/4個

・ズッキーニ 1/2本

・ナス 1本(80g)

・オリーブオイル 大さじ1+1/2

・塩 小さじ1/2

・胡椒 少々

・にんにくすりおろし 少々


【作り方】

1. 玉ねぎは1cm 角、トマトはヘタを取り除き、ざく切りにする。ズッキーニとナスは1.5cm 角に切り、ボウルに移し、塩、オリーブオイル、胡椒、にんにくのすりおろしで和える。

2. ラップをかけて600W のレンジで5 分30 秒加熱し、3 分蒸らす。ラップを外す時、熱い蒸気が出るので注意。冷めても美味しい。

文・写真=樋口 直哉

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