文学ワイン会「本の音 夜話(ほんのね やわ)」シーズン2 第1回ゲストに小説家・平野啓一郎さん登場!

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レポート
公開日 : 2024.8.5
更新日 : 2024.8.5
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平野啓一郎さん

日本文学界の最前線にいる小説家の方々にご出演いただき、 文学とワインを同時に楽しむイベント「本の音 夜話(ほんのねやわ)」。2014年~2020年までの6年間、計17回にわたってワインショップ・エノテカ 銀座店 カフェ&バー エノテカ・ミレにて開催、その後、コロナにより3年間休止状態にありましたが、この度、シーズン2として再開することになりました。


そしてシーズン2第1回の記念すべきゲストとしてご出演いただいたのが、芥川賞作家の平野啓一郎さん。2014年、2019年、そして今回と、合計3回の最多ご登場となります。平野さんの最多ご出演の理由は、実は、文学とワインを併せて楽しむことをご提案された、本イベントのご発案者でもあるから。この秋映画化される長編小説『本心』をはじめ、創作の舞台裏やワインについてなど、ワインを片手に軽快なトークを披露いただきました。


ナビゲーターは、ライター・山内宏泰さんです。

『本心』に様々なテーマが詰まっている理由

平野啓一郎さんと山内宏泰さん

イベント冒頭で皆様にルイ・ロデレールのシャンパンをお配りし、平野さんによる乾杯のご発声で会がスタートしました。


まずお話いただいたのが『本心』について。『本心』が刊行されたのは2021年で、今から3年前。日進月歩のテクノロジーや時事的テーマがふんだんに盛り込まれていながらも、数年のギャップを感じさせない“今”の物語となっています。


「まだ3年ですからね。急に時代遅れになったら困ります(笑)。『本心』は新聞の連載小説だったのですが、最初はなかなか理解されなかったんですよね。連載中、よくわからない、イメージできないという感想もあって。テレビで美空ひばりさんをAIで蘇らせるという企画があって、それで急にみんなVF(ヴァーチャル・フィギュア)のイメージが掴めたようでした。その後、韓国や中国の企業が亡くなった人をバーチャル空間で再現するサービスを始めたので、ずいぶんと具体的にイメージできるようになったと思います。新しいことに取り組むと、すぐには理解されません。ですが、なかなか理解されないぐらいのことを書いていると、割と時間をかけてみんなが理解してくれるので、長く読んでもらえるというのはあると思います。」


『本心』の舞台は2040年代の日本。そこにはデジタル社会の功罪、自由死、移民の問題、格差社会など、現代の延長線上にある様々なテーマが盛り込まれています。たくさんのテーマが詰め込まれている理由についても、お話いただきました。


「僕はいわゆるロスジェネ世代。アンチ自己責任論なんです。人間が社会のなかでどういう人生を歩んでいくかは、社会情勢や家庭環境などの条件で変わっていくというのが僕の根本的な考えです。社会構造の中から考えないといけない、リベラル系の人はそう考えると思うんです。ところが小説に関しては自己責任論者が多い。つまりキャラクターに偏重していて、非常に魅力や能力があったり、逆に性格に問題があるために登場人物の運命が決まっていく、ということが多いんですね。僕は小説もそういう自己責任論にしてはいけない、と思っています。登場人物の状況や運命を、社会構造や時代などの条件の側から書いていかないと、小説まで自己責任論になってしまいます。そのためには背景を書き込まないといけません。近未来は社会全体が違う価値観になっていくと想像したときに、それぞれの領域を考えると、死生観、テクノロジー、貧富の差、それぞれがこうなっているかもしれないという、項目ごとのありうる未来があります。それらが有機的に結びついて未来像が形成されるので、どうしてもいろんなテーマが関わって来ざるを得ないんです。」

言葉にすることで、味の“解像度”が上がる

平野啓一郎さんと山内宏泰さん

イベントでは、『本心』の中でシャンパンが出てくること、また、シャンパンとスパークリングワインの違いが書かれていたことから、ルイ・ロデレールが手がけるシャンパンとスパークリングワインをご提供しました。ワインがお好きという平野さんから、ワインについてもお話しいただきました。


「ヴァン・ジョーヌという黄色いワインがあるんですよね。フランス東部ジュラ地方の有名なワインで、樽で長い時間をかけて酸化熟成させると、黄色味を帯びた白ワインができるんです。その地方の小さな町の試飲会に招かれて行ったら、これが“ガチ”の試飲会で。ボトルはマスクされていて、ブラインドテイスティングをして感想を言い合い、そこで賞を獲ったワインがスーパーなどで金賞シールを貼られるみたいな、すごく真剣な審査会だったんです。これはまずいと思いまして(笑)。ワインの味わいについて比喩を交えながら説明するのは難しいじゃないですか。どうしようと思いながらドキドキしていたんですが、よくよく聞いてみると、後味がいいとか、余韻の持続時間が長いとか、すごく透き通っているとか、そんなにたいしたことは言ってないんですよ(笑)。だから指摘しなければならない内容自体は、そんなに難しくないなと。そのときに生まれて初めてワインを真剣に飲みました。口の中で空気を含ませ、ヒョロヒョロと音をさせながらバケツに吐いて。そうやって感覚を研ぎ澄ませて舌の上に残っている味わいを感じ取ると、言葉の説明が確かにそうだなというのがわかってくるんですね。それは僕にとってすごくいい経験でした。やはり言葉で説明されると味わいの解像度が上がりますね。味は比喩などでないと結局うまく伝えらえない。例えば、あらかじめ皆が知っている料理であれば共有することができますが、読者にとってよく知らない料理であれば、それは比喩的に表現するしかないんですよね。」


ワインの香りを表現するとき、柑橘や石、草など比喩表現にあふれています。ワインの共通言語として比喩があることの意味と役割について身をもって経験された平野さん。なるほど…!と膝を打つお話でした。

冷やされたシャンパン

『本心』映画化について、原作者の想い

『マチネの終わりに』、『ある男』に続いて映画化されることになった『本心』。今年11月の公開が決定しています。平野さんはすでに2回、試写をご覧になられたそうです。


「けっこう原作と違うんです。『ある男』は石川慶監督が原作に忠実に撮ろうとしていたのですが、今回の作品は情報量も多いし、それを2時間ぐらいで表現するのは非常に難しいので、思い切って違うものとして作ってもらった方がいいんじゃないかという話になりまして。今回は石井裕也監督が脚本も書いていて、そのアイディアに委ねたほうがいいんじゃないかと。『本心』の話ではありますが、原作と違うところも結構あるので、それは両方を楽しんでいただければと思います。


僕の作品がいろいろと映像化されてわかったんですが、キャスティングは監督や映画会社の意向がもちろん、一番ですが、役者さんのスケジュールが空いているかどうかも重要なんです。自分が思い描いていたイメージと違うというのは少なからずあったりしますが、監督はこういうふうにこの人物を見ていたんだなと発見することもあります。映画は監督の作品という側面が強いので、原作者があまり口出しをしてはいけないと思っています。映画の『本心』では田中裕子さんにお母さん役をやっていただいているんですが、それが自分でも思いつかなかったキャスティングで、映画ではまさに!という感じでした。2回ほどお目にかかりましたが、作品を気に入ってくださったみたいで、ジーンと来ました。」

好みは文学的味わいを感じる“純ワイン”

シャンパン

平野さんの楽しいお話に、会場は何度も大きな笑いに包まれました。最後は、お客様からの質問タイム。好きなワインについてのご質問では、文学者らしい興味深いご回答をいただきました。


「僕はシャンパンと赤ワインが好きなんです。赤ワインはしっかりしているのが好きで、やはりボルドーですかね。カリフォルニアワインはちょっとエンタメすぎて苦手です(笑)。 わかりやすくて味が濃く、本当に西海岸のエンターテイメントみたいなかんじがして。エンタメ的な良さもあるので、たまに飲むと美味しいなと思うんですが…。ボルドーのいいワインを飲むと、純文学のように、“純ワイン”という味わいを感じるんですよね。エンタメ小説、純文学と分けるのもどうかという考え方もありますが、やっぱりノーベル賞もなんだかんだ言って純文学しかとらないですし、なんとなく分野分けってあるんですよね。これは割と普遍的な区分けなんじゃないかと思っていまして、ワインもそういう感じがします。」

『本心』の創作背景をはじめ、これまでの作品の創作秘話、創作の試みとして付けた夢日記のお話など、興味深いお話をたくさん聴かせていただきました。ワインを片手にお話を聞く時間はあっという間で、「僕は話が長くて、なかなか本題にたどり着けないんですよ」と笑いながらお話される平野啓一郎さんでしたが、とても贅沢で心地よい文学とワインのひとときとなりました!


イベント開催日:2024年7月20日

本心
『本心』(文藝春秋)

「母を作ってほしいんです」――AIで、急逝した最愛の母を蘇らせた朔也。

孤独で純粋な青年は、幸福の最中で〈自由死〉を願った母の「本心」を探ろうと、AIの〈母〉との対話を重ね、やがて思いがけない事実に直面する。

格差が拡大し、メタバースが日常化した2040年代の日本を舞台に、愛と幸福、命の意味を問いかける。

『マチネの終わりに』『ある男』に続く傑作長篇小説。


*映画『本心』

11月8日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー

当日、ご提供したワイン

カルテット・アンダーソン・ヴァレー ブリュット
750ml

カルテット・アンダーソン・ヴァレー ブリュット

  • エレガント&コンプレックス

  • 5,500

    (税込)

  • JS 94
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