文学ワイン会「本の音 夜話(ほんのね やわ)」シーズン2 第2回ゲストに小説家・角田光代さん登場!

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レポート
公開日 : 2024.11.28
更新日 : 2024.11.28
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本の音夜話 角田光代さん

日本文学界の最前線にいる小説家の方々にご出演いただき、 文学とワインを同時に楽しむイベント「本の音 夜話(ほんのねやわ)」。2014年~2020年までの6年間、計17回にわたってワインショップ・エノテカ 銀座店 カフェ&バー エノテカ・ミレにて開催、その後、コロナにより3年間休止状態にありましたが、この度、シーズン2として再開することになりました。


そしてシーズン2第2回のゲストとしてご出演いただいたのが、直木賞作家の角田光代さん。シーズン1の2015年1月にもご登場いただいており、今回は約10年ぶり、2回目のご登場となります。ワインが大好きだという角田さんに、創作の裏側や今のご心境についてなど、貴重なお話をワイン片手に惜しみなく披露いただきました。


ナビゲーターは、ライター・山内宏泰さんです。

『源氏物語』のあとに起きた、大きな変化

角田光代さん

イベントでは、お客様にバロン・ド・ロスチャイルドのシャンパンをお配りし、角田さんによる乾杯のご発声で会がスタートしました。


角田さんに前回ご登場いただいたのは約10年前の2015年1月。この10年は角田さんにとって、とても大きな変化があった年だったそうです。


「2015年は私にとって非常に思い出深い年です。それは、その年の3月に持っていた小説の連載がすべて終わり、4月から『源氏物語』の現代語訳に入ったから。そしてつい先月、文庫の最終第8巻が発売になり、『源氏』がようやく手を離れました。勘定したら10年。“源氏の10年”でした。


この10年を振り返ってみると、自分の中で大きな変化がありました。そして、今もまだその変化の最中にいると思います。


2020年に、『源氏』の単行本が終わっていったん手を離れた際に、かなり前から決まっていた新聞連載を始めたんですが、前のように書けなくなっていることに気づきました。なんかうまくいかない、前のやり方が通用しない、と。それは結局、『源氏』に費やした5年間、自分の小説を何も書かなかったので、最初は小説の書き方がわからなくなった、と思ったんですね。スランプかとも思ったんですが、去年、唐突にスランプじゃない、と気づきました。


私はデビューして30年近く、依頼を受けて連載し、それを本にする、それしかやっていなかった。自分の中でまだ態勢が決まってないのに準備を始めて、まだ資料を読む時間がほしいと思っているのに連載が開始し、締切がくるからとにかく書く。このサイクルがもういやだと思ったんです。そうではなく、自発的に書きたいことが出てくるまで待って、きちんと下調べや取材の時間をとって、順番もどこから書き始めてもいいように、とにかく自分のペースで書いてみたい、だから、連載の依頼を受けるのをやめよう、と去年考えました。でも、かなり先まで連載が決まっていたので、すべての会社に行って説明をし、連載をなしにしていただきました。


依頼されてない小説を自主的に書く。つまりデビューしたときに立ち戻ったんです。表面的には何も変わっていないのですが、自分の中ではものすごく大きな変化です。」

ストーリー重視から、人の“声”が聞こえる小説へ

角田光代さん

『源氏物語』のあと、小説がなかなかうまく書けなかったということでしたが、それはしばらく書いていなかったから?それとも、『源氏物語』の現代語訳に取り組む中で、ご自身の小説観が変わってしまったからでしょうか?


「両方あると思います。小説の書き方がわからなくなった、実際それもあると思うんです。いろいろと考えてみてわかったのは、『源氏物語』とずっと付き合ってきたことで、自分の中で小説観が非常に大きく変わってしまったということ。その小説観に併せた小説を書くことが、前よりも難しくなったんだと思います。


私は純文学の雑誌でデビューし、20代は純文学と分類される小説を書いていました。そして30代前半でエンターテイメント的な小説も書くようになりました。そのとき、非常に意識して小説の書き方を変えました。一番意識していたのはストーリーです。ストーリーをとにかく面白くしよう、だから凝った文章はやめよう、ストーリーを際立たせるために無個性な“取扱説明書”のような文章を書けるようになろう、そう努力していたんです。『源氏』を訳すときも私が念頭に置いていたのは、登場人物の感情の動きが何によって引き起こされたのか、わかるようにすることでした。


『源氏』が終わってすぐには気づかなかったんですが、この頃になって、書いたものから“人の声”が聞こえてくるのがいい小説だ、って思うようになったんです。言葉でしか書かれてない人たちがちゃんと“声”を持っているかどうか。書物から“声”が聞こえてくるかどうか。一般的な良い小説ではなくて、自分にとっての良い小説がそういうふうに変わってしまったんです。


『源氏物語』は、ものすごく“声”が聞こえてきます。いろんな登場人物がいて、それぞれが“声”を発している。私は10年もの間、その“声”を聞き続けてきました。だから、“声”がしなくちゃダメだ、と自然にそう思うようになったんだと思います。」

仮装をして挑んだメドックマラソン

フィンガーフード
当日ご提供したフィンガーフード

ワイン好きでいらっしゃる角田さんですが、フランス・ボルドーで開催されているフルマラソンの大会、メドックマラソンにも出場されたことがあるそうです。この話が出たときには、会場から歓声が上がったほどお客様も興味津々。その貴重な体験をお話いただきました。


「私が出場したのはそれこそ2015年です。メドックマラソンはワインを飲みながら走るマラソン大会です。走り出して2キロ地点で朝ごはんとしてカヌレと赤ワインが出てきました。中間地点を過ぎたあたりからオードブルとして生牡蠣が出て、そこだけ白ワイン。そこからちょっと行くとメインのステーキが出て、さらに走っていくと、チーズやアイスクリームが提供されます。ワインはずっと各所でサーブされていて、牡蠣以外は全部赤ワイン。広いシャトーは楽団が演奏していたりと、本当にハッピーな大会です。私も20キロ地点からはワインを飲み始め、半分は歩いて6時間ほどかかりました。」


出場者はそれぞれにすごい仮装をしており、その光景は圧巻だったとか。


「メドックマラソンは仮装が推奨されているんですね。仮装は毎年テーマが違い、2015年は“正装”でした。それで、私は某ディスカウントストアに行き、法被とハゲづらを買って参加しました(会場笑)。みなさんの仮装はかなりすごくて、日本やアジアの方もけっこう多く、チマチョゴリや着物の方もいれば、ヨーロッパの方は男性チームがボディコンシャスのワンピースで走っていたり、スーツ姿の人もいたり。


翌日、ボルドーの地方紙の一面にブドウ畑を走る一団の写真が出ていまして。ブドウ畑の中を仮装をしたヘンな人たちがたくさんこちらに向かって走ってくる写真が載っていて、うわーすごいな!と、新聞を見て改めて思いました(笑)」

走ること、書き続けること

本の音夜話

角田さんは作家として体力をつけ、書き続けるためにランニングをされているのでしょうか。それとも、それはまた別なのでしょうか。


「走る方だと村上春樹さんが有名ですね。あの方は意識的に走ることと書くことを結び付けて考えておられますが、私の場合、友だちと走ることが目的だったので、健康とも書くこととも結びつけて考えたことがないんです。


それこそ、村上春樹さんが雑誌の表紙で、フルマラソンを16回も走れば文体も変わる、って仰っていたんです。私はずっとそれを胸に刻んでいて、文体が変わるんだ、よし、私も16回走るぞ!と思い、15回走り終えたところにコロナが来ました。ただ、それは私にとっては、とても意味のあるタイミングに思えたんです。つまり、2020年に『源氏』がとりあえず終わった。5年間小説を書いていない。フルマラソンも15回走って、あと1回で16回。これで文体が変わらなかったらおかしいだろう、と。そして2022年に16回目のフルマラソンを走りました。(最新長編小説の)『方舟を燃やす』が16回目以降の本なんですが、どうでしょうか。村上春樹さんで16回だったら、私だと25回ぐらい走らないといけないかもしれません(笑)」



角田さんはデビューして30年以上、文学界の第一線で書き続けてこられています。書き続けることの意味についてもお話いただきました。


「人それぞれのペースがあり、5~6年ごとに新作を書かれる方もいますが、私は1~2年小説を書かないでいたら、自分は小説家と言えないのではないかという強迫観念がありまして。小説家であると自身に納得させるため、書いてなきゃいけないという気持ちが常にどこかにあると思います。私の職業は作家です、ということは、書き続けるしか証明の手立てがないんです。」

この10年で角田光代さんに起きた大きな変化をはじめ、数々の作品を生み出してこられたその背景、そして書き続けることについてなど、飾らないお人柄でとても率直なお話を聴かせていただきました。お客様もワインを片手に熱心に聞き入られており、お話をお聴きするほどに、これからの角田さんの小説が楽しみになりました。角田さんが紡ぐ文学の一端に触れられた、大変貴重な文学とワインのひとときとなりました。


イベント開催日:2024年11月16日

方舟を燃やす(新潮社)
方舟を燃やす(新潮社)

口さけ女はいなかった。恐怖の大王は来なかった。噂はぜんぶデマだった。一方で大災害が町を破壊し、疫病が流行し、今も戦争が起き続けている。何でもいいから何かを信じないと、今日をやり過ごすことが出来ないよ――。飛馬と不三子、縁もゆかりもなかった二人の昭和平成コロナ禍を描き、「信じる」ことの意味を問いかける傑作長篇。

当日、ご提供したワイン

シャンパーニュ・バロン・ド・ロスチャイルド・ブリュット [ボックス付]
750ml

シャンパーニュ・バロン・ド・ロスチャイルド・ブリュット [ボックス付]

  • エレガント&コンプレックス

  • 9,900

    (税込)

  • WE 93
サン・テステフ・ド・カロン・セギュール
750ml

サン・テステフ・ド・カロン・セギュール

  • パワフル&ストラクチャー

  • 2017

    6,600

    (税込)

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