【ワインにまつわるショートショート】vol.5 星を盗む泥棒の話

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エノテカタイムス
公開日 : 2025.1.6
更新日 : 2025.1.6
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vol5.星を盗む泥棒の話
樋口 直哉 Higuchi Naoya
樋口 直哉 Higuchi Naoya

作家・料理家。服部栄養専門学校卒業後、料理教室勤務や出張料理人などを経て、2005年『さよならアメリカ』で群像新人文学賞を受賞し、作家デビュー。作家として作品を発表する一方、料理家としても活動し、メニュー開発なども手がける。 主な著書 『スープの国のお姫様』(小学館) 『おいしいものには理由がある』(角川書店) 『最高のおにぎりの作り方』(KADOKAWA) 『ぼくのおいしいは3でつくる』(辰巳出版)

vol.4はこちら

この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

 公園を歩きながら、彼は考えていた。「今、泥棒が活躍する話はあり得るのか?」


 きっかけはこうだ。午前中、編集者と喫茶店でちょっとした打ち合わせをした。彼は小説家なのだ。雑談のなかで編集者がふと「石川五右衛門って知ってますか?」と聞いてきた。


 彼は首をかしげた。名前だけは聞いたことはあるが、知っていると答えられる知識はない。


「釜茹でにされた大泥棒で、江戸時代に浄瑠璃や歌舞伎で演じられ、ヒーローとして人気だったんです。江戸時代には鼠小僧次郎吉という泥棒はヒーローでした。モーリス・ルブランの小説アルセーヌ・ルパンシリーズの主人公ルパンだって泥棒です。でも、泥棒がヒーロー、主人公の話って最近、聞かないですよね」


 泥棒、という単語が妙に記憶に残った。彼がまず考えたのは「もしも、自分が泥棒に入るとしたら、どんな家だろうか」ということで、次に「どの時間が犯罪に適しているか」ということだった。朝は在宅している人が多いだろうし、昼間は人目が多い。そうなると誰かに見られてしまう可能性が高くなる。かといって夜になってしまえば家主は帰ってきてしまうので、鉢合わせしてしまえば騒ぎになるのは間違いない。


 そうしているうちに日が暮れてきて、空がオレンジ色に変わった。夜になる一瞬前の時間。なるほど、この時間、明かりがついてない家に入ればいいのかもしれない、と彼は思った。しかし普通、家の扉には鍵がかかっているはずだ。無理に開けようとすれば物音で気づかれてしまう。


 そもそも、家に入ったところでなにを盗めばいいのだろう。現代はキャッシュレス社会と呼ばれる時代である。家に不法侵入したところで現金があるとは限らない。金目のものを見つけてもすぐには現金化できないし、仮にどこかに売ったとしてもそこから足がついてしまう。


 時代が変わったのだ、と彼は思った。なにかを盗むことで誰かが救われるのであれば話にする意味があるが、今は盗むべきものすらない。


 いいアイディアも思いつかないので、家に帰ることにして、途中、時々立ち寄っているワインバーに寄った。ワインを飲むとさきほどまでの仕事の時間と自分の時間、オンとオフのスイッチがパチンと切り替わる。そんな理由で彼はこの店が気に入っていた。


「いらっしゃいませ」


 店内にはゆるやかな時間が流れている。


「今日は泡のいいものがあります」


「へぇ。じゃあ、それを頂きます」


 シャンパングラスに黄金色の液体が注がれる。彼が覗き込んでいると「どうしましたか?」と店主が笑った。


「上手いものだな、といつも思うんです。自分が注ぐと溢れてしまうことがあるから」


「二、三回に分けて注げば誰でもできますよ。あとはワインを揺らさないこと、きちんと冷やしておくことでしょうか」


 口に含むとやわらかな泡が舌を包む。飲み込むとさわやかさの後、まろやかさを感じた。


「シャンパンですか?」


「カリフォルニアのスパークリングワインです。熟成期間が長いせいか、味の造りがしっかりとしてます。シャンパーニュはもちろん特別ですが、他の産地にも素晴らしいものはたくさんあります」


「スパークリングワインって、ちょっと敷居が高い感じがしますよね」


「そんなことありません」と店主は言った。「庶民的な料理も意外と相性がいいんです。例えばおでんとかね」


「へぇ」


 おでんという単語を聞いて、手元の液体に親しみが沸いた。グラスの底から泡が浮き上がっては消えるのを眺める。カウンターに落ちる照明で泡がきらめいた。


「シャンパーニュ地方ではシャンパンを飲むことを『星を飲む』と言ったりするそうですよ」


 星を飲む、と彼は小さく呟いた。瓶のなかには誰かが夜空から盗んだ星が詰まっているのかもしれない。たしかにどんな場所、どんな時代の夜であっても、見上げれば星は瞬いている。物語になりそうな気がした。タイトルは星を盗む泥棒の話。

大根とチーズ


【材料】 (2人分)

・大根  1/3本

・だし汁 500ml

・しょう油 大さじ2

・砂糖 小さじ1

・パルミジャーノ・レッジャーノ 適量

(粉チーズでも可)

・黒こしょう 適量


【作り方】

1. 大根は輪切りにし、厚めに皮を剥く。鍋にだし汁と大根を入れ、中火にかけ、煮立ったら弱火に落とし、蓋をして40分煮る。

2.しょう油と砂糖を加え、さらに20分煮る。

3.器に盛り付け、パルミジャーノ・レッジャーノをすりおろし、黒こしょうを振る。

※市販のおでんを使ってもOK。チーズはちくわやさつま揚げ、昆布とも相性がよい。

文・写真=樋口 直哉

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