ワイン関連の書籍や、ショップで見かける「テロワール」という言葉。ワインの味を決める要素として、重要視されていますが、実はテロワールという言葉は、日本語では表現するのが難しい言葉だったります。では、テロワールとはいったいどのような意味なのでしょうか?
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ブドウはミステリーに富む果物
ワインの原料に主に使われるブドウ。そのブドウは非常にミステリーに富んだ果物です。
なぜならばありとあらゆる植物の中で、どんな場所に植わっているかということがはっきりと個性としてあらわれるからです。古典経済学者のアダム・スミスも「ブドウ樹はどんな果樹よりも土地の個性を反映しやすい」と記しています。
これはどういうことでしょう。例えばじゃがいもの男爵、これを北海道に植えるのと本州の茨城に植えるのでは多少の差はあるかもしれませんが、180度味わいが変わってしまうということはないでしょう。
しかし、リースリングというブドウ品種であれば、ドイツとフランスに植えるのでは風味や味わいが、がらりと変わってしまうのです。
ブドウは環境が大切
ワインの世界では「テロワールTerroir」というフランス語がよく聞かれます。この言葉を辞書でひくと「風土の、土地の個性の」と記されていますが、もっと身近な言葉でいえば「ブドウ樹をとりまく環境すべて」ということができるでしょう。
その中には気候タイプ(年間を通じて乾いているのか、雨が多いのか等)もあれば、土壌の個性(砂利質土壌もしくは肥沃な土壌なのか等)、地形の特徴(斜面なのか平地なのか等)ということがあげられます。
このテロワールは国といった大きなレベルで語られることもありますが、地方や地区という比較的小さめのレベルでとらえられることもあります。極端に細かいレベルでは畑でテロワールの違いを語る専門家も中にはいるほどです。
ヨーロッパに根付く「Vin de Terroir」
フランスを筆頭としたヨーロッパの国々では、このテロワールがワインの味わいに大きな違いをもたらしているという考えが古くから根付いています。
そのためヨーロッパのほとんどの国では、ワインの法律は土地をキーとして組み立てられており、たいていは産地名がワインの名前になっています。このような思想を「Vin de Terroir」とよびます。
究極のテロワールワイン
究極のテロワールワインの代表選手といえば、フランスのブルゴーニュではないでしょうか。
ブルゴーニュはパリから南東方向に行った全長300㎞の縦長の地方で、全体としては大陸性気候と呼ばれ夏と冬のアップダウンのはっきりとした気候タイプで、主に栽培されている黒ブドウ品種はピノ・ノワールです。このブルゴーニュでは気候も品種も全く同じなのに、隣り合う畑同士で全く異なるワインになるという現象をよく見かけます。
例えばAの畑から造られるピノ・ノワールは力強くスパイシー、隣のBの畑のものはきゃしゃで繊細といった具合です。このようなことが起きる一つの原因に土壌の複雑性があげられます。ブルゴーニュの土壌はパッチワーク状ともいわれ、まるで布がつぎはぎされたように、隣り合う畑でもまったく異なる土壌で形成されており、それが味わいに大きな影響を与えていると考えられているのです。
加えて歴史的背景が、畑単位でのテロワールの個性浮き彫りとする原因になりました。中世に修道士たちが神に捧げるワインとして、テロワールを丁寧に観察し当時から「良い畑」「最上級の畑」という区切りを設けており、それがのちにプルミエ・クリュ、グラン・クリュとして法律で認められたからです。
テロワールを反映しやすい品種vsそうでない品種
ブドウ品種の中にはテロワールの個性を映し出しやすい品種もありますが、中にはどこに植えても大きな変化がなく一定の風味のものもあります。
土地に応じて異なる香りや風味になりやすいブドウ品種の代表例が、上述のピノ・ノワールです。リースリングもそのうちのひとつで、専門家の中には「テロワールを映し出す鏡のような品種」「万華鏡」と呼ぶ人もいます。それに対して、テロワールの影響を受けにくい代表的な品種にカベルネ・ソーヴィニヨンやメルロがあげられるでしょう。本家本元のフランス、ボルドーを模倣しやすいという観点では他国の生産者にとってはある意味ありがたいことなのかもしれません。
このコントラストを取り入れたのが、2009年に公開された映画が「サイドウェイズ(日本版)」です。主人公の道雄がピノ・ノワール好きなのに対して、ヒロインの麻有子が自分と重ね合わせ「どの土地に行っても個性を見失わないカベルネが好き」といったシーンは今日でもテロワールの個性を反映しにくい品種のたとえ話としてよく用いられます。
グラスの中のワインの解剖図
グラスを傾けるとき「これはテロワールの味わいだね」と会話しているのを耳にすることがあります。
しかし実際はそれ以外の変数をワインはもっており、ワインの味わいの違いが100%テロワールに由来しているとは言い切れないのが難しいところです。その代表例が造り手の個性や収穫年の特徴です。
時々、玄人のワイン会で、同一生産者・同一収穫年で産地だけ異なるワインを飲む比較ティスティングの場が設けられるのをみかけますが、たしかにテロワールの個性にフォーカスして飲むのによい機会になりそうです。
いずれにしてもグラスの中の解剖図を描くのは非常に難しく、それがワインの魅力ともなり多くの飲み手を魅了しているのでしょう。