AOCとは「Appellation d’Origine Contrôlée(アペラシオン・ドリジーヌ・コントロレ)」の略称で、「原産地統制呼称制度」などと呼ばれているフランスの制度です。
では、この「原産地統制呼称制度」とは、一体どのような意味なのでしょうか?
土地に対するお墨付き
簡単に言うならば、土地に「お墨付き」を与える法律です。
ワインの有名生産国では自国の銘醸地を法で保護しており、その土地の人以外に勝手に使わせないようにすると同時に、品質を保証し生産者および消費者を保護しています。
似たようなコンセプトで身近なものには「夕張メロン」などが挙げられるでしょう。このメロンは北海道夕張市で栽培されており、加えてメロンに対して重量や糖度など厳しい規定が設けられているのです。
AOCの具体的内容
シャブリを例にポイントを記します。
- シャブリ地区についての境界線を明確にします。(これまで伝統的に「シャブリ地区」という概念はありましたが、はっきりとした境界線はありませんでした。)
- 境界線内に厳格なルールを設けます。その規定は品種、栽培、醸造、貯蔵と幾多にも及びます。例えばシャブリでは品種はシャルドネ100%でしか造れないといった具合です。
- 1と2を全て守ってはじめて「AOCシャブリ」と名乗れます。
- ラベルに「シャブリ」と大きく記します。このとき品種の名前を書かないのが一般的です。同時にAppellation d’Origine Contrôlée という文言を表記したり、Appellation Chablis Contrôléeといった風に、Appellation とContrôléeの文言で土地の名前を挟んだりするのが一般的です。
AOCが制定された歴史
どのような背景でこのような法律ができたのでしょうか。テロワールがワインの個性をもたらすと考えているフランスでは、かなり前からラベルに土地の名前を記す習慣がありました。そして中世から評判が高かったボルドー、ブルゴーニュのワインは非常に人気があったのです。
19世紀後半、フランスは次々と受難のフェーズにさらされます。フィロキセラ禍、相次ぐカビ病、20世紀に入ってからは史上最悪の天候を耐えた上に第一世界大戦を経験することとなります。そのような中、フランスワインは生産量の低減だけでなく、品質低下など様々な問題を突き付けられたのです。まさに混乱の時代とも言うことができるでしょう。そのような混乱に乗じて悪さを働くものたちが登場したのです。
ずばり「偽ワイン」です。特に2タイプのインチキワインが出回りました。
産地偽装ワイン
まず一つ目が、ボルドー、ブルゴーニュなどの名立たる有名産地を冠した産地偽装ワインです。これに対応すべく、1905年以降、フランス政府はまず産地に関して境界線を明確にした法律を制定したのです。
しかし、悪知恵は留まることを知らず、この法律制定後も低品質ワインの流出は止まることはありませんでした。
偽「お墨付き」ワイン
今度は「お墨付き」を与えたはずのワインに関してインチキが仕込まれるようになったのです。例えばブルゴーニュの赤ワインは伝統的にピノ・ノワールが主要品種として用いられてきましたが、こっそりそれ以外のワインが混ぜられるとか、本来、低収量で高品質に造られていたワインが、混乱に乗じて収量が上げられるといった具合です。これでは「お墨付き」を信じた消費者が甚大なる被害を受けることになります。
そこで最後に境界線内にルールを設けたのです。例えば、「Vosne-Romanée」と名乗るためには品種はピノ・ノワール100%、熟成は何ヶ月以上…といったように、一つの土地に対して、品種、栽培、醸造、貯蔵とありとあらゆる規定を設けたのです。
余談ですが、筆者はアカデミー・デュ・ヴァンというワインスクールでソムリエ対策講座を担当しているのですが、フランスの範囲に関して8割はこのAOCにまつわる問題なのです。
例を挙げれば「AOCサンセールの生産可能色を選べ」や「次の中から生産可能色が赤白と規定されているAOCを選べ」といった問題です。
農業大国フランスの意地
フランスが素晴らしいのは、世界の中でも早い段階でこの法律を施行したことです。また膨大かつ厳格な規定を設け、しっかり守り抜いているところではないでしょうか。
また驚くべきことに、フランスはワインだけでなく、チーズやオリーブオイルなど、その他の農業生産品にもこの法律を適用しているのです。まさに「農業大国フランス」らしい取り組みです。
ヨーロッパのほとんどの国がこれに倣って、同じような法律を制定していますし、2018年10月末、ようやく日本でもこのようなワイン法が施行されるのです。
AOCを取り巻く問題点
さて、このようにワイン法の優等生的なフランスですが、21世紀に入ってからは徐々に問題点も指摘されるようになりました。
まず一つ目は、AOCの数が増えすぎたことです。1950年代にはフランス全体の9%、1980年代には23%、現在では約半分まで増え続け、400以上とも言われています。
もともとAOCは「お墨付き」「高級産地」という位置づけだったのに、なんでもかんでもAOCに認定してしまったために、消費者の間で「スペシャル」という認識が薄まってしまったことです。
二つ目は玄人でないとラベルが分かりにくいことです。フランスでは土地を重要視するために、品種が記されていないのが一般的です。全ての消費者がソムリエ並みの知識を持っているわけではないので、パッと「Vosne-Romanée」という文言を見たときに「これはピノ・ノワール100%のワインだ」とすぐに紐づけできないものなのです。
その点、アメリカ、オーストラリアを中心とするヨーロッパ以外の国々ではラベルに品種を記載しますので、「あ!この品種なら知っている」といった具合に、消費行動において大きなアドバンテージをもっているのです。
まとめ
約80年間に渡ってAOC制度が運用されてきたわけですが、ただ厳しいだけでは生産者のモチベーションはきっと保たれなかったことでしょう。ラベルに土地を表記できるメリットがはるかに上回るからこそ維持されてきたに違いありません。
これから「Appellation d’Origine Contrôlée」という文言を見るときに、生産者の情熱や歴史を思い起こすこととなりそうです。