先日、第15回文学ワイン会「本の音 夜話」が開催され、小説家の中島京子さんにゲストでお越しいただきました!
『小さいおうち』で2010年に直木賞を受賞された中島京子さん。ご自身の介護体験をもとにした『長いお別れ』は、実写映画化され、来年公開が予定されています。
お酒はあまりお強くないそうですが、赤ワインとチーズの組み合わせが大好きだという中島さんにワインをお楽しみいただきながら、その文学世界をお話しいただきました。
ナビゲーターは、ライター・山内宏泰さんです。
人生の後半をどう生きるか、は大きな問題。
これまでに、お酒が登場する小説『花桃実桃』も執筆された中島さん。主人公はアパートの大家をすることになった40代独身女性。バーテンダーをしている彼女の同級生が、オリジナルカクテルに“花桃実桃”と名付けます。作品の中でも、お酒は人が生きるうえで重要なものとして扱われています。
「この小説は、丁寧に生きようとする40代女性が主人公です。中島さんの小説はこれに限らず、地に足を付けて生きようとしている大人たちがいて、すごくいいなあと思いますし、希有だなと思うんですよね。大人や老いを大事に取り上げて、ちゃんと描いてくれる作品は貴重だと思います」と山内さん。
中島さんの小説家デビューは39歳のとき。自分と同世代を描くと必然的にこの年代になっていたそうです。
「あと、いま人生が長いですよね。例えば40歳と考えたとき、それはまだ人生の半分で折り返し地点。いま40歳って若いか若くないかわからないけど、40代ってなにか始めようと思えばいくらでも始められる年齢だと思ったんです。『花桃実桃』は、主人公のお父さんが亡くなり、相続したボロアパートの管理人になるという話です。これから先40年、と考えたら何をやってもいいじゃないですか。人生を80年としたとき、後半の40年をどう生きるか、というのはすごく大きな問題だと思うんですよね。人生の後半をどうより良く生きるか。それは自分の作品のあるテーマでもあります」
『小さいおうち』はリアリズムの小説。
『小さいおうち』では、ディテールが細かく描かれ、当時の様子がありありと浮かんできます。1930年頃の風俗や中流家庭の暮らしを仔細に調べ上げて、トリップしたような感覚で書かれたんでしょうか?
「(戦前戦中が舞台の)『小さいおうち』は全く知らない時代ではなく、自分の両親が子どもだった頃。お祖母ちゃんがちょうど『小さいおうち』に登場する奥様(時子夫人)の年代くらいでした。そんなに詳しくは聞いていないのですが、例えば、お祖母ちゃんが若い頃銀座に来るのが好きだったとか、そういう話はなんとなく聞いています。お着物を仕立ててどうだったとか。学校の教科書で習う昭和ってもっと暗くて、どよーんとした感じ。ですが、お祖母ちゃんの話だとなんだかきらびやかなんですよ。どこそこの何が美味しいとか、今の人と同じようなことを言っているのも面白かったんです」
お祖母さま方からそうした話を聞いた経験から、当時を割とイメージしやすかったそうですが、さらに当時の新聞や雑誌、日記などを数多く読まれたそうです。
「書きたいなと思うのは細かいところ。例えば日記を読んで小説に出したことですが、戦争が激しくなってくると贅沢な弁当を持って行ってはいけないということになり、学校で日の丸弁当しか持ってきちゃいけないというお達しが出たらしいんですね。その頃子どもだった人たちの思い出話を読んでいると、学校ではそう言われたけど、それでは子どもがかわいそうと、お母さんがご飯の下におかずを詰めてくれたという体験談がいくつもある。ひとりだけじゃなくて全国的に。お母さんたちは皆そう思ったらしいんですね。そういうのを読むと面白いので小説に使うなど、そういうことがたくさんありました」
こうしたエピソードを聞くと、歴史の年号だけ知っているのとは違う、本当の歴史に触れられるような気がします。
「明るくて楽しい時代ではないけど、一色じゃない。そういう時代だったからといって本当に真っ暗だったわけではないし、ある意味では楽しく生きちゃった面もあって、深刻なことが一方で起こっていることに気づかなかったり、気づこうとしなかったり。そういうことがあったのも事実だと思うんです」
樽があったら入りたい、その憧れを形にしました(笑)
イベントの2杯目にご提供したのが、ローヌ地方のワイン、シャトー・ド・サン・コム。コート・デュ・ローヌの赤ワインに、中島さんの近著『樽とタタン』に合わせて、リンゴの赤ワインコンポート タルトタタン風をご用意させていただきました。
最新短編小説集の『樽とタタン』、かわいい表紙のイラストとタイトルが目を引きます。
「タルトタタン、大好きです。フランスでタルトタタンを食べて美味しかった記憶が頭に残っていたときにこの小説を書き始めたのかもしれません。タルトタタン自体はこの小説に全然出てきません。“タタンちゃん”っていうあだ名が付けられた女の子の話で、完全にダジャレから始まりました(笑)
私の小説の中でも割と濃いキャラクターの人物が登場する物語です。喫茶店が舞台で、空のコーヒー豆の樽にちっちゃい女の子が入って座り、常連の話を樽の中で聞いている、という設定。私も小さいとき、物影や机の下とかがすごく好きな子どもでした。そういうところでずっとおとなしくして忘れられていられるような子どもだったので、樽の中とかいいなあと。あったら入って何時間も過ごせたんじゃないかなあと。樽があったら入りたい(笑) その憧れを形にしました」
ひとつ超えるハードルを作る。
中島京子さんの作品は、過去もの、現代もの、時代もの、東京を舞台にしたもの、小説のパロディやオマージュなど、テーマは多岐に渡っています。その秘密についてお話しいただきました。
「自分がやってないことをやりたい、というのがあったんです。今回この作品でこれを書いた、だったら次の作品はそうじゃないことをやる、みたいに次の小説を書くときに、ひとつ超えるハードルを作ることにしたんです。難しくて超えられないハードルだと挫折するかもしれないので、例えば『小さいおうち』のときは資料をきちんと使ってその時代のことを書くとか、『長いお別れ』で認知症という病気のことを書いてみるとか。そのときどきでちょっとしたハードルを入れて書くということをしていたので、割といろんな小説が出来上がっていったというところがあると思います。
でもだんだんたくさん書いたので、ある程度は自分の癖みたいなものも出てくるし、似てきたりしますが…やっぱりありますね、何かに挑戦。挑戦というほどではないですが、次の作品では別のことをやってみたい、という気持ちはあります」
中島京子さんの小説と同様、ところどころにユーモアが入り混じるお話で会は笑いに包まれ、終始和やかムードに。そして、最後にはお客様から熱心な質問がたくさん! 「創作のうえで一番大切にしていることは何ですか?」という質問には、「自分で楽しんで書くことですね。一番最初の読者は自分。自分が面白いと思うものを書くことです」と答えていらっしゃいました。そのほか、中島京子さんとご縁が深いフランスに関わる質問などもたくさん寄せられ、そのひとつひとつに丁寧にお答えいただきました。来年には連載を控えていらっしゃるとのことで、構想は秘密ということでしたが、こちらも楽しみです。
中島さんご自身から語られる、ご著書についての興味深いエピソードの数々。明るく親しみやすいトークに中島さんのお人柄を感じつつ、ともにワインを味わうという贅沢かつ貴重なひとときとなりました!
イベント開催日:2018年10月24日
『樽とタタン』(新潮社)
定価1,400円+税
当日、ご提供したワイン
※エノテカ・オンラインで販売しているワインとはヴィンテージが異なります。
マコン・ヴィラージュ / レ・ゼリティエール・デュ・コント・ラフォン(フランス ブルゴーニュ)2017 白 税込3,780円
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コート・デュ・ローヌ・ルージュ / シャトー・ド・サン・コム(フランス ローヌ)2016 赤 税込2,160円
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