シャンパーニュのデゴルジュマン(澱抜き)と同時に行われる糖分調整がドザージュ。
“ブリュット”は12グラム以下がEUによって決められた値だが、メゾンごとにその数値は異なる。じつはその糖度以上に、大事なことがあるようで……。
150年前のドザージュは200グラム!
実際に沈没船から見つかったシャンパーニュ
今から5年前の2014年。バルト海に浮かぶ孤島、シルヴェスカー島へと渡った。その3年前に沈没船から未開封のシャンパーニュが発見され、幸運にもそのうちの1本を賞味するチャンスが巡ってきたのだ。
19世紀半ばの醸造と推測されるそのシャンパーニュ。グラスに注がれた液体から、泡はほぼ見えず、色もくすんではいたものの、一応、飲むには飲めた。しかし、なによりも驚かされたのはその残糖量。分析によれば1リットルあたり200グラムにも達するという。
シャンパーニュには出荷前、瓶内二次発酵で生じた澱を取り除く「デゴルジュマン」と呼ばれる作業があり、その際に甘みの調節として糖分を含んだリキュールを添加する。これを「ドザージュ」という。ドザージュの甘辛度はラベル上に表記され、辛口のブリュットで1リットルあたり12グラム以下。甘口のドゥミ・セックなら32~50グラムだ。
さて、数値的にはデザートワイン並みの残糖量をもつこのシャンパーニュ。さぞ甘かろうと覚悟を決めて口にしてみると、意外なほど甘さが感じられなかった。
これには世界各地から集まったジャーナリストたちも怪訝顔。当時は今よりもブドウの熟度が低く、反対に酸がきわめて高かったため、200グラムの残糖であっても相対的に甘くは感じなかったのだろう。
現代のトレンドは10グラム未満
この仕事をしていると、セラーマスターとシャンパーニュの試飲をする際には機械的、あるいは反射的に「ドザージュは何グラム?」と尋ねるのがお約束となっている。ブリュットとあってもメゾンごとにドザージュの数値が異なり、11グラムのメゾンもあれば、エクストラ・ブリュットぎりぎりの6グラムのメゾンもあるからだ。
糖分の添加量は消費者の嗜好に加えて、ブドウの熟度や酸とのバランスに関連する。現代はフランス料理でさえ重いソースを使わず、素材自体の風味を損なわない調理法をとるので、シャンパーニュも糖分少なめが好まれる。
とはいえ、消費者のトレンドに合わせて、単純に糖分を減らせばよいわけではない。沈没船の例のように、酸味が強烈なシャンパーニュは、糖分で補わないと飲みづらいからだ。もっとも沈没船の場合、その航路から察するにロシア帝国の首都サンクトペテルブルクを目指していたのは明らかで、ロシア宮廷では伝統的に甘口シャンパーニュが好まれていたという背景もあるのだが……。
現在は地球温暖化の影響から、フランスにおけるブドウ栽培の北限とされるシャンパーニュ地方でも熟度は十分上がり、かえって酸の低さが心配されるほど。一方、瓶内熟成期間は以前と比べて長くなる傾向にあるから、まろやかさが増している。したがって、糖分に頼らずともバランスのとれた味わいに仕上げることが可能になってきた。ドザージュ少なめがトレンドの理由である。
昔の本をめくっていたら、30年前の1988年にフランス消費者協会が調べた各メゾンのブリュットの残糖量が掲載されていた。当時のブリュットの上限が15グラムとはいえ、多くのメゾンのブリュットが12.5~14グラムの残糖量。10グラム未満が当たり前の現代からすると隔世の感がある。
糖度よりも実は大事なこと
ところであるメゾンのセラーマスターとドザージュの話題になった時のこと、「『みんなドザージュは何グラム?』と聞くけど、そんな数字よりもっと大切なことがあるんだけどね」と、彼がいう。
糖度よりも大切なこととは、使われるリキュールそのものの正体だ。
「ドザージュはセラーマスターがシャンパーニュに手を加えられる最後のステージ。だから、どこのメゾンも工夫を凝らす」とのこと。古いリザーヴワインをドザージュ用に使ったり、通常はベースワインをステンレスタンクのみで発酵させているメゾンが、リキュール用として特別にオーク樽を使用していたりする。
フランスのルイ・ロデレールを取材した際、クリュ(村)ごと、収穫年ごとに分けられた樽には、2015年のアイなら「AY15」、2016年のメニルなら「ML16」と記されていた。その中に「LQ17」と書かれた樽を見つけたのだ。
LQなんて略号になりそうなクリュはあったかなと不審に思うと、セラーマスターのジャンバティスト・レカイヨン氏が種明かしをしてくれた。
「LQとはLiqueurの略。この樽にはドザージュに使用されるリキュールが入っています」とのこと。ルイ・ロデレールではリザーヴワインだけではなく、ドザージュ用のリキュールも大樽熟成なんだと感心していたら、レカイヨン氏は更にこう言った。
「しかも、中身はアッサンブラージュしたクリスタル。LQ17は18年にアッサンブラージュした17年ヴィンテージのクリスタルを意味します」
大樽熟成のリザーヴワインも、ルイ・ロデレールのフラッグシップである「クリスタル」用の畑で収穫されたブドウから造られていることを鑑みれば、「クリスタルなくして、ブリュット・プルミエなし」というレカイヨン氏の言葉も決して誇張ではない。